二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

雲のように風のように

INDEX|13ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 だがマリアは違う。彼女は宮女のひとりだったのだから、男の癖に皇后の位に就けられたエドを告発すれば、あるいは自身の地位を守ることにもなるのだ。それなのにそうしなかったとは、一体…。
「皇帝陛下はそういう趣味なのかと思って…」
 ほら、宦官に走る皇帝も多いって言うし。
 と、彼女はあっけらかんと言い、エドから言葉を奪った。
「…冗談よ。そうではなくて…私は別に、居場所さえあればそれで充分だったし、それにあなたのことを気に入ってたのよ。随分とね。そう、後は…」
 食い入るようにエドはマリアの黒い瞳を見る。ロイの目と似た夜の色の瞳を。
「一度だけね、…ほら、まだ私達がただの宮女候補だった頃…あなた、ちょくちょく夜中抜け出していたでしょ?」
「…! な…」
「それは気付くわよ。一度や二度じゃないし、厠にしては長いし」
「………」
 それは…錬金術師にとっては垂涎物の禁書書架を目の前にして、エドが早く帰れるわけがなかった。だが、何も言われなかったので、気付いていないのかとばかり…。
「一度だけ…あなた眠りこけちゃったんでしょうね。誰かがあなたを運んできたことがあったの。房の中に入ってきたのはリザだったけど、私は見たわ。回廊に、背の高い若い男性がいるのをね」
「…そういえばそんなこともあったわね」
 絶句するエドの脇でそう言ったのは、リザである。
「黙っていてねとお願いしたら、あんまりあっさり頷くから。かえってしばらく警戒してたわ」
「…そうね」
 その頃のことを思い出したのだろう、マリアは口元を押さえて笑いを堪える。
「…聞いたことも確かめたこともないけど、あの時の人が皇帝陛下なんでしょう?」
「……」
「後宮に入れる男子はただ一人だけなのだから」
 微笑むと、彼女は言った。
「――私にとって皇帝陛下は、こう言っては何だけど、ただの他人だわ。…でもね、エドがあの方をお助けしたいというなら、私にとっても彼はもう他人ではない」
「マリアさん…」
「リザ。あなたなら後宮の見取り図、手に入れられるのでしょう?」
「ええ…」
 リザは頷きながらも、窺う目をマリアに向けた。黒髪の女性は、ふふ、と幾分高揚した顔で笑い、言う。
「私ね、軍閥の家の一人娘として生まれたの。周りは男ばかり、武官ばかりでね。地図の読み方から兵法の立て方まで教え込まれた。勿論武術も。でも、それが祟ったのかしら…人を殺めてしまった。だから故郷にいられなくなったのだけど」
「……」
「これも巡り合わせというものかもしれないわ。今私はここで役に立てる。そういうわけ」
 だから見取り図を、とマリアは繰り返した。
 彼女の短い告白に、リザはこくりと頷き、わかったわ、と短く答えた。
「ああ。それとお願いがあるのだけど、いいかしら」
「なに?」
「鋏を使いたいの」
「鋏…?」
 ええ、とマリアは頷き、結った黒髪をうっとうしそうに持ち上げた。
「これ、切ってしまいたいのよ。動きづらいし」
「……! …わかったわ」
 少し息を呑んだリザであったが、結局了承すると、音もなく房の外へ出て行った。無人の後宮の、どこかへ。
「…マリアさん…」
 ふたりきりになった空間で、エドは、簡潔に罪を告白した女性に困ったような顔を向ける。何か言いたげに口を動かすのだが、肝心の言葉はいつになっても出てこない。そんな少年に、マリアは目を細める。
「…どうしたの?」
「…あの、…オレ、」
「…私のことを、恐ろしいと思う?」
 尋ねれば、エドは音がしそうなほど大きく首を振った。その仕種に胸が詰まるような思いを抱きながら、マリアはそっと手を伸ばし、金糸の髪を梳いた。
「…ありがとう」
「……そんなの。…こっちの台詞だ…っ」
 ぷい、とそっぽを向くエドの頬は赤く、目元はきゅっと寄せられている。
「…あなたを守るわ」
 するりと口をついた言葉は、けして意図してのものではなかった。だが、口にしてみれば随分としっくりくる言葉でもあった。
「…え…?」
 ゆっくりとこちらを振り仰ぐ幼い顔に、安堵させるような微笑を向けた。
 …その時マリアが何を思い出していたのか、エドの向こうに何を見ていたのか、エドにそれを知る術はない。だが知らなくてもよいのだとエドは知っていた。マリアが胸に秘める思いはマリアの物なのだから。
 だからエドが口にすべき言葉はひとつしかなかった。
「…じゃ、オレもマリアさん守るね」
「え?」
「だってそういうことだろ?」
 エドは目を細め、くすくす笑いながら切り返す。
「マリアさんがオレを守る。オレもマリアさん守る。そしたらマリアさん危ないこと出来ないだろ。マリアさんがやばかったらオレもやばくなるからマリアさん困るだろ?」
 な、と少年はにっこり笑った。暫しその詭弁めいた論法に瞬きしていたマリアだったが、とうとう小さく噴出すと、肩を揺らして笑いを噛み殺している。
 ようやく微笑でも苦笑でもない彼女の笑顔を引き出したことに満足して、エドもまた笑うのだった。


 リザの持ってきた鋏で器用に髪を短くすると、そこには凛々しい男装の麗人がひとり増えていた。
「ふたりとも女なのに男のオレよりかっこいいってどうなってんだよ…背も高いし…」
 そんな状況にぶつぶつと文句をこぼしたのはエドだが、当然このぼやきには反論が待っていた。
「それを言うなら、男の子でその可愛さは反則だと思うのだけど…」
「そうね。肌もきれいだし」
「にきびのひとつもないものね…」
 普通の女性よりずっと凛々しく男前だとは言っても、女性は女性。リザとマリア、ふたりがかりの反論に、エドはたじたじになる。
 やはり、口で女に勝とうとするのは間違いというものなのだ。
 それは錬金術師でなくとも知っている、世の真理というものである。



 未明。
 王都の城郭の外に野営する、反乱軍の天幕をひとりの青年が出てくる。ひょろりと背ばかりが高く、よくよく見ればその風貌はいまだ幼い。
「…にいさん」
 彼は城壁を見上げ、小さくひとりごちた。
 金色の髪と金色の目。
 反乱軍の参謀、表には姿を隠し続ける若者。彼の名を…。
「おお、アルフォンス殿! こんなところにおられたのか…!」
 しわがれた声が大仰に呼ぶのに、若者は振り返った。
 随分と落ち着いて見えるが、せいぜい年の頃は十五、六、行って七…それくらいだろうか。だがきりりと整った相貌は、見る者に居住まいを正させる。
「なにか?」
「それが、おかしな噂が…」
 コーネロの腰巾着の男が慌てたように口を開くのを、ただ穏やかに若者は見つめている。
「後宮に玉璽が隠されていると…」
「――後宮に? …正殿ではなく?」
 金色の眉をわずかに寄せて、若者は確かめる。
「ええ、それが…まことしやかに、その噂が…」
「噂、ねぇ…」
 若者――アルは軽く流して肩をすくめた。
「例の内通者はなんと?」
「今上は錬金術をたしなみ、后妃達にもその教育を施していたから、あるいはそこを最後の牙城にする気では、と…」
 は、とアルは鼻で笑った。
「あ、アルフォンス殿?」
「へぇ、なるほど…。側室達に自分を守らせるとは、また随分白粉くさい皇帝陛下なんですねぇ」
作品名:雲のように風のように 作家名:スサ