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雲のように風のように

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 ぺたんと床に座りこんで、金の子供は無邪気に首を傾げる。随分信用されている、とロイは思った。なので彼もまた微笑み、膝で子供に近づいた。
「――読みたいと言ってなかったかね?」
 いくらか意地悪く確かめると、エドは唇をきゅっと結んだ。
「…まあそれが一番だがね。詳しい事は教えられないが、私はここの鍵を預かっている。君にこれを見せたところで、…ばれなければ平気さ」
「………そういうもん?」
 大げさに見えるくらい大ぶりに、エドは首を傾げる。隠される事のない素直な感情、仕種に、ロイの目は優しくなる。
「そういうものさ。…今日のそれは、そんなに面白くないか」
 逆に問われ、エドは目を丸くする。そして一瞬の後、ぶんぶんと頭を振った。
「そんなじゃない。…でもやっぱちょっと。気になるっていうか。…危ない橋渡ってないよな…?」
 無意識にだと思うが、書籍を抱きしめ、眉根を寄せ眉尻を下げた顔でエドは訊く。そうしていると肩幅の狭さに改めて目が行ってしまって、ロイは一瞬言葉もない。
「…私がそんな失敗をすると思うかい」
 一瞬の間を勘違いしたのか、エドが眉をひそめる。
「本当だ、何も問題はない。君はそんなことを気にしなくてもいいんだ」
「…………うん…。…でもさ…」
 それでも、やはり便宜を図ってもらっているだけ、好意を受け取るだけ、というのが座りが悪いのかもしれない。まだも子供は言いよどんだ。青年は声なく笑って、そっと、そのやわらかく小さな頭蓋に手を伸ばす。触れると、びく、と大仰に驚かれた。しかし構わずそっと二、三度撫でる。
「私だって、楽しくてしている事なんだ」
「………?」
「君と過ごすのは楽しいよ。…もっと話をしてくれたら、より楽しいかもしれないが」
 それは、偽らざる青年の本心であった。まだ子供――「彼」には明かしていないし、そうそう明かせる内容ではないのだけれど、とにかく青年にはこういうゆったりした、寛げる時間が何より大事だったのだ。
「…そんなの…」
 しかし、子供にわかるわけがない。ぷぅ、とむくれる顔を向けられた。…そんな顔を見ていると、性別を偽っても誰も気付かないで中に入れてしまった、というのもあながち無理からぬことかもしれない、と思うのだ。幼い仕種は愛らしさしか呼び起こさなかったから。
 …そう。
 ロイは、エドが少女でなく少年である事など、とっくに気付いていた。だが、それを口にしたことはないし、滅多な事がない限りこの先もないだろう。無論、それを明らかにしてエドの立場を損なうつもりもなかった。
「だから君が気に病む必要はない。…私だって、いつでも連れてこられるわけじゃないからね」
 そう言ってロイは笑った。
 確かに、逢瀬(と称したらエドは怒るかもしれないが)は毎夜ではない。ロイにも動ける時間は少なかった。
 だが、一度、合図であるところの蝋燭を楽しそうな気配を滲ませて見ているエドを見てしまった。
 それはまるで幼子が(エドは確実に子供ではあったが)祝いごとや贈物を楽しみにしている姿で…、青年は胸を衝かれたのだ。大いに。
 それからは、とにかくどうやっても無理をして時間を作るようになった。ロイ自身がエドと過ごす時間を必要なものと感じ始めるのもすぐだった。
「…うん」
 こくりと子供は頷いた。長めの横の髪がさらりと落ちて、まろい頬を隠す。
「…。そうだな、じゃあ、ひとつ頼みたい事があるんだが」
 そんな子供に、ふと、ロイは口調を変えてそんなことを尋ねた。
「…? なに?」
 エドは嬉しそうに顔を上げる。それにはいくらか苦笑して。
「もっと近くに来てくれるかい?」
「……? いいけど…」
 エドは不思議そうにしながらも、半身を起こすと、膝でずりずりと近づいてきた。ロイの横にぺたんと座りこむと、ここでいいか、と見上げた瞳で尋ねる。しかし青年は首を振った。
「…?」
 じゃあどこまで、と怪訝に思っていると、薄く笑みを湛えた青年が腕を伸ばしてきた。
「…!」
 一見優男然とした青年だが、その見た目を裏切るしっかりした手で、両脇の下を支えられ、あっという間に抱き上げられた。そして行きついた先はといえば、ロイの足の間で。
「ここでいい」
「……………」
 父親と触れ合った記憶のないエドにとって、年上の男にこんな風にされるのは落ちつかないものだった。
 …もしかしたらもっと違う危険性を考えた方がいいのかもしれないが、そんな警戒心などあるわけがないエドだった。
「…君は体温が高いね」
「…。ロイは体温低いね」
 やんわりと抱き寄せれば、すりよりはしないけれど脱け出そうともしない。
「…落ちつくな」
「……。…こんなんで?」
 もぞり、と顔を動かして、ちょっと照れたように、ぶっきらぼうに子供が言う。
「ああ。とても」
「ふーん…」
 変なの、とでも言いたそうな生返事。
 …エドとて、落ちつかないのだ。こんな風に近づく事など、弟以外では滅多にないことなのだから。
「…。何か、話してくれるかい?」
「話?」
「ああ。君の事とか。…それで帳消し。…それで、…そうだな」
 くすりと、何か思いついたらしい青年は笑った。
「等価交換、だ」
 ちっとも等価じゃねえよ、と口を尖らせようとして、…しかしエドは結局その反抗を取り下げた。
 ロイが、ひどく満足そうな顔をして笑っていたから。

 自分のことを話せ、と言われても、大抵はまず口篭もってしまうものだ。
 だが、ロイが聞き上手なせいもあり、エドは懐かしく思い出しながら、自分のこと、家族のことなどを青年に語って聞かせた。
 錬金術は、物心ついたときにはいなかった父が遺した蔵書などで学んだこと。家族は今は年子の弟と、引き取ってくれた祖母のような女性と、幼馴染で同い年の少女がひとり。それがすべてであること。もっと学びたかったから、新しい皇帝が錬金術をたしなむと聞いた時、もしかしたら蔵書が読み放題なんじゃないか、と都合よく期待してやってきたこと。
 今、まだ、十二歳だということ。
 ――道理で小さいと。
 その言葉を、ロイは飲みこんだ。十二歳にしても小さい。
「…ロイは?」
「え?」
「家族とか…。…やっぱり、それは聞いちゃダメなのか?」
 ロイの膝の上、ちょうど十字になるよう横座りしたエドが、不思議そうな顔をして上を見上げる。その幼い顔を覗きこむようにして、ロイは自然と微笑んでいた。
「ダメではないが」
「…が?」
「面白くはない。何と言うか…殺伐としていてね。残念ながら」
 青年は肩を竦め、自分の腕に頭をもたれかけさせた子供に苦笑いを向けた。
「…殺伐?」
「ああ。…そうだな…強いて言えば、腹違いの妹はいくらか仲がいいよ」
 他の兄弟に比べて。
 ロイのその言葉に、エドは目を丸くした。
「ロイって、…いいおうちの人なんだ」
 まあそうじゃないかと思ってはいたけど。
 エドは、しきりと、うんうんと頷いている。
「エド?」
「はらちがい、って。お母さんがいっぱいいるんだろ?」
「…………」
 なんと答えたものか、ロイも一瞬詰まった。
 …まだ早かっただろうか。この手の話題は。
「うん…まあ、そんなようなものだ」
「オレ、母さんひとりだもん」
作品名:雲のように風のように 作家名:スサ