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Last/prologue

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水野は、その後保健室に寄った。
推研に行く気にもならないし、いつもなら暇つぶしに利用する図書館に行く気にもならなかった。
ただ、この辛さを忘れてしまいたかった。

白いベッドにうずくまって涙する。

「何で……」

責めるのは間違いだ。10年も前のこと。
本人だと気づかなくてもしょうがない。

「何でだよ………」

そう思うのに涙が止まらなかった。

どうしてお前は、俺とSEXしたんだ。
可愛いって思ってくれたんだろ?
なのに、どうして気づいてくれないんだ。

頭がガンガンして割れそうに痛い。
混乱する。叫びだしたくてしょうがない。
体がガタガタ震える。水野は全身をこわばらせた。

『黙れ』

その言葉が、こだまする。


いつのまにか気を失うように眠って、
起きた時には水野はさっぱりとした様子だった。

「いけね。もうこんな時間だ。行かないと…。」

時計は4時半前、推研はもうすでに始まっているし
椎名との約束がある。

約束?

約束って何だっけ。














「なんやねん急に呼び出して」

バスに乗ってJRの駅まで戻ると、シゲは携帯でノリックを呼び出した。
ノリックは図書館にてDVDを鑑賞中だったので少々不服の様子だ。

「いいから付き合えや。」

自分から呼び出したものの50分も待たされてこちらもこちらでご立腹のご様子。
そんなシゲには付き合いで慣れているものの一体何が有ったんだとかんぐりたくなるのも確かだ。

「何処いくん?自分サッカー部つくるんに協力するんや無かったの?」

「もうえぇねんやめた。」

「…はぁ?」

「やからやめたって言うとるやろ。」

唐突な物言いに疑念が灯る。

「なんで。」

「水野が気に入らん。」

「………何があったん。」

数日前、藤村は確かに水野に興味を持っていたはずだった。
関係だって結んだのは知っている。
なのに、この1週間で何が有ったというのだろう。

水野は少し疲れた様子を見せながらも推研には来ていた。
あの保健室以後の様子が気になって、
けれど直接聞くほど無粋ではなかったので少しでも情報をと吉田も推研に行っていたのだ。

本当なら藤村に呼び出されなければ今日も行くはずで。

「何って…ほどでもないんやけど最悪やった。」

「だから何が。」

「お前はしっとるよな。俺が「シゲ」って呼ばれるの嫌うとるん。」

「確かにそう言うてたなぁ」

「あいつ言うたねん。「シゲ」って。」

「……………それって…確か小学校ん頃にあった子にしか呼ばせんへんって決めたんよなぁ。」

「?…そやけど。それが何やねん。」

「水野君が、呼んだんやよね。」

「…?」

ノリックが頭を回転させて考える。
水野は藤村がシゲ、と呼ばれることを嫌っているのは知っていないだろう。だってついこの間であったばかりなのだから。
それにたとえ知っていたとしてもからかい半分で人の嫌がることをするような人物ではない。
では何故水野は藤村をシゲと呼んだのか。

「最初から…知っとったとちゃうん?」

「何が。」

「名前」

吉田が続けた。

「水野君、最初から藤村の名前が成樹やってしっとったんとちゃうの?」

其処まで言われて、藤村の中に一つの可能性が浮かび上がる。
そんな、まさか。

「茶髪の男の子言うとったよなぁ。
藤村の言うとる小学校の頃あった子って、水野君って可能性はないん?」

「………嘘やろ……。」

「自分、水野君に執着しとったんもコトに及んだのも、どっかでわかってたからや無いの?」


確かに、あいつが成長したら水野みたいになるんだろうか。って考えたことはある。
けど本人だとは想像もしていなかった。
もし本人だとしたら?本人だとしたら、昼間のあの動揺は、自分の名前に反応して?

バラバラになっていたパズルのピースが確実にくみ上げられていくのを藤村は感じた。
完成図には、水野=あいつ。

最初は、向こうも分からなかったに違いない。
でなければ行為に及ぶ前になにかしらあっただろう。
けど途中で気づいたのだ。水野は。
だからシゲと呼んだのだ。きっと。

黙れ、と自分がそう言ったその後の水野の表情が脳裏に浮かぶ。
凍りついたような表情だった。何もかも、失ってしまったような。

戻らなければいけない。
藤村はらしくもなく焦っていた。
誤解を解いて、話をして、あいつが、水野があいつなのかを確かめなければいけない。


そのときだった。


ピリリリリリリ


藤村の携帯の着信音がなる。一瞬水野からかと思ったが、水野には番号を教えてないのでそれはない。
この番号を知る数少ない人物の一人ノリックは隣に居るし、
自分が水野を残して推研に行かなかったことを考えれば残すのはあと一人。

二つ折りのブラックの携帯を開いてみたのは、「椎名翼」の3文字。

今から行くからちょお待っといて。言い訳をどうしようかと考えながら通話ボタンを押す。

『藤村?!』

「どないしたんそないな大きい声で。推研には今からいくさかい。水野をおいていったんは…」

謝るから。と続けようとした時だった。

「そんなことはどうでもいいんだよ!お前水野に何をした?」

「何って………何かあったん?」

心臓が早鐘を打ち始める。
悪い予感がする。

「……水野が、お前のこと知らないっていうんだ。」

動揺したような声で椎名がそういう。

カミサマ、こんなんって卑怯とちゃいますか?
こんな展開ってありなん?



記憶喪失―ありきたりなそんな言葉が、浮かんだ。






作品名:Last/prologue 作家名:神颯@1110