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その後

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 少なくとも今のように喜びの中にかなしみを、かなしみの中に喜びを同居させる事は生前にはなかった。
 「何て顔をしているんだ、せっかくの……」
 「にいさまがここに来た事を感じて、沢山、色々な思いで一杯になって……何も考えられなくなってたけど」
 「にいさまに会えて嬉しい」
 「馬鹿かお前は」
 思わず、条件反射のように言い返す。
 俺はお前を殺した男だ。生前にも紅蓮と同等に強大な力を持ったお前の手綱を握り、赤との戦いと自らの望みの為に幾度も利用し続けていた。
 だから、彼岸に来た今お前とはもう二度と会わぬつもりで……体を重ねた生前の縁もそこには愛などなかった筈であったから、地獄へも一人で行く筈だったのだ。
 情愛の言葉をただの一度も掛けず、そして最後にその生命を糧とした時にお前も俺の本心を分かっていた筈だ。
 しかし眼前の実弟は生前と何ら変わらぬ様のまま、ただ嬉しいと言い放つ。
 呆れと怒りと、もう一つ形容し難い奇妙な感情が生まれ、咄嗟の言葉を発せないバラクーダにまるで構わず、シルヴィスは続けた。
 「……本当は。にいさまに文句を沢山言いたい。何で……何で殺してしまったのと。僕も戦いたかった。今だって叫びたい……でも嬉しい」
 「……」
 「死ぬ瞬間に……痛みよりもただ悲しくて、涙が出て……気付いたらここにいたけど、体がなくなっても心は悲しいままで、ずっと涙だけ流していた。……一緒にいたかったのに。」
 そしてにいさまがあの赤の、ずっと敵だったあいつ等と戦って、倒れて、僕と同じように冷たくなっていって……
 「来るんじゃないかなって、しばらくここで待っていた。」
 歌うように話す弟に何も言い返せず、半ば呆れた思いでバラクーダは黙り、くるりと前を向き再び歩き始めた。
 その後をシルヴィスは全く悩む様子なく、歩いて来る。
 (こいつはいつでも俺に付いて来た。)
 先代の血を継ぐ兄と弟。シルヴィスは全く気にしていないようであったが、やはり周囲は二人を比較の目で見ていた。
 猛者であり知者である偉大な方、我等が主君。しかし恐ろしい、抜け目のない兄君様、
 片や目の覚める程の美貌を持つ弟殿と。
 これ程に恵まれた容姿の者が近くにいるから注目されないのは仕方のない事であるが、バラクーダ自身も彫りの深く整った、先代譲りの端正な面立ちをしていた。
 その、容姿にしろ能力にしろ、比較対象にされていた弟が常に側に控えている事は彼にとって圧力となる事はなく、嫌いではなく、存在を目障りだとは思わなかった。

 「にいさま、どこへ行く?」
 背中越しにバラクーダを呼ぶ声が聞こえる。
 地獄へゆくまでの束の間のこの時、どこへ行くか。
 挑んで来るかと身構えていたアスや紅蓮は既に地獄で待っている。だから当面の戦意は失せた。
 ここに着き倦怠感から気を奮い立たせ、俺を起き上がらせたのは居るかどうかも分からなかったこいつの存在だ。そして今、会えないと思っていたその者がここにいて、他愛ない話をしている。だからそれでもう、目的は果たした。特に行くべき場所もない。
 俺が本当は見付けたかったものは。ふとそう思い何故かおかしくなって、バラクーダは黙っていた。
 「……あいつ(父王)の所? ……あいつなら、僕達を……にいさまを狙って来るかな、ならまたあいつを倒そうよ。」
 邪気のない子供のように実父への殺意を憚る事無く言い放つシルヴィスに、お前のその気持ちは充分に分かっていると、当たり障りなく返してやる。
 少し経ち、徐にシルヴィスが話し始めた。
 「にいさま。僕を殺したにいさまに、もう一つだけ言いたかった言葉。」
 「……何だ。続けろ」
 「……さっきの話の続き。……本当は。にいさまに文句を言いたい。殺さないで、生きたかった、どこまでも共に……生きていても、今こうして死んでしまっていても、信じられたのはどこにいても一人だけだった。」
 「……僕にはにいさましかいないから。」
 バラクーダは足を止めた。
 思慮深い性質で、何より配下を率いる身であったバラクーダは、シルヴィスのように感情の赴くままに……好きや嫌いで味方となっている者達を批判する事は決してなかった。
 しかし今のバラクーダに残った現実はどうであろうか。先代は邪魔となり、行動を共にした紅蓮とアスに対しては油断のならぬ者共、生前の最後までそれ以上の存在にはならなかった。
 父を殺し海人界の者達を裏切り部下を見捨て同志を手に掛け。
 三途にいる今、居城も兵士も地位もない。
 結果、この身に残ったものは何なのだろうか。
 生前には考えた事もなかった、恐らくはつまらぬ、愚問。
 しかしその未知に心が揺れ、ざわつく。
 目の前を見るといつもと変わらぬ弟が、何も変わらない様でバラクーダを呼ぶ。
 にいさまと
 会いたかった
 殺さないで。
 生きて、一緒に戦いたかった。そうしてずっと、生前の今際の際から彼岸に辿り着いた後も、弟は兄を呼び、泣いていた。
 だが、
 “会えて嬉しい”
 そして
 (僕はにいさましかいない)
 (俺にも……)
 二度と会えないと、そう思いながらもどこにいるか分からぬ彼を探しここまで歩いて来た。
 そして当たり前のようにいつもの様で彼は己の前に生前と変わらぬ姿を現した。
 俺にもシルヴィスしかいない、この全てが敵であった生涯の中でずっとそうだったのだと。
 体が失せ魂となった今になり、ようやくそれに気付き、答えを導き出した。
 そして直ぐに自嘲する。
 (気付いた……?そうではない。生前に……しかも遥か昔から気付いていた。)
 我等が最も嫌う部類であろうその形なきものについては分かっていた。
 気付いていたが既に芽生えていたそれを知らないふりをして、そのまま捨て去っていた。
 体を重ねた時ですら一言も告げる事のなかった、バラクーダ個人のシルヴィスへの思いから、
 現実から、逃げて、逃げて。
 ……遥か昔から。
 (本当は、俺も、お前を……)
 彼の命を断ち戦いに臨み敗れ、決別をしたと思っていた。
 そして向き合う事もないと決めていたその思い。
 (……素直な、お前のように) 
 一瞥すると、シルヴィスは嬉しそうにバラクーダを見る。
 (……もし言えたとしたら、どれだけ良いだろうか。)
 この思いを。
 しかし今更、言えたものではない。
 力を命を、体を。散々に利用し尽くしてきたシルヴィスに対し、この今になってようやく肯定し始めた自らの思いを伝える事はバラクーダにでも抵抗があった。
 文字通り死ぬまで抱えていた実弟へのこの思い。
 それを恐らくは、この三途の路までも引きずり続け、彼には告げる事はないのだろう、そうバラクーダは思う。
 弟よ、兄のこの強情をお前は嫌うか。
 意地っ張りとも頑固とも思え。
 遥か過去生前よりただお前だけに抱き続けている長く長い思い。
 言えたものではない。今はまだ、言えない。
 だから語る事なくこの思いを胸に秘め、昏き黄泉路傍らに無二のこの華を置き従え血河を歩む。
 行く先は地獄であろうと、今度こそお前と共に。
 同じように俺を慕い続けていたお前の望むように。
 それで良いのではなかろうか。
作品名:その後 作家名:シノ