その後
(戦う者が視界を断つ、それ程までに愛していたのならば……)
(魂となってもこうして彼を追っていた。それ程までに……)
…………
“心を捨てた兄よ”
誰にも聞かせる事のない思いを、バラクーダは問いかける。
お前は俺と同じだ。
弟への思いを捨て去れなかった。そして一人嘆いた。
この姿が自分と重なり、だから俺はお前が気に入らなくて……嫌いだったのだとバラクーダは思う。
横を見るとシルヴィスが弟のバカバカ、と呟いている。
その様が愛らしく、またおかしくもなり、バラクーダはふっと笑い上空を仰ぎ再び問いかけた。
……黒き星の防人よ、愚か者の兄よ。
白ばらが彼を愛し 弟が兄を慕ったように。
本当はお前はその者を愛していたのだろう。
(もしかしたら)
バラクーダはシルヴィスをちらりと見遣った。
(弟が兄を想っていた、それ以上に強い思いで。)
お前の命を糧とし最後の戦いに挑み、俺は無様に敗れ、斃れ、屍を晒した。
しかし本当は、お前を手に掛けた身でありながら俺は、
お前に俺の元に来て欲しいと、そう思っていた。
あれだけ惨い仕打ちをしたと言うのに。
しかしお前は生前と変わらぬ姿のまま、俺の前に姿を現した。
(……ここが黄泉路であろうと、ゆく先に地獄が待ち受けていようとも。)
言えた思いではない。
しかしいつか、とバラクーダは思う。
いつか。生前から長く抱き続け魂となった今も尚切り捨てられなかったこの思いを、きっと。
―…これは忘れ去ってしまったのか、語り手の老人が言葉を濁したのか、
もう永遠に分からぬ説話の心を捨てた男、麗しい弟を愛した、なりきれなかった兄の、最後の思いは、今の俺と同じだ。
「本当は、俺も、お前を……」
語る事なく胸に秘めているこの思いを、いつかきっと、兄は弟へと告げる。
今はゆきし黄泉路に最愛の華を置き従え血河をただ歩む。
行く先が地獄であろうと、
シルヴィス、今度こそ、お前と共に……
灰の三途に光のない地獄への路が近付き、口を開き始めた。
……もう、行かなくてはならない。
「……」
シルヴィスがバラクーダを見詰め、バラクーダもシルヴィスを見詰める。
そしてゆったりと、緩やかに二人微笑んだ。
どこかも分からぬ空間を、黒服の男と長い銀の髪の美しい青年は二人だけで歩いてゆく。
やがてその姿も小さくなり、彼方へと消えていった。