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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 20

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 デュラハンは、シバが死なないよう注意しながら四肢を切断する、眼球を握り潰す、さらには命にすぐには関わらない、内蔵の一部を抉るつもりであったのだ。
 シバは壁にはり付きながら、恐怖に打ち振るえた。
「やだ、やめて……!」
「ふん、奴の言っていた意味が分かる気がするわ。恐怖する人間をいたぶって殺していく。なかなかの余興よ!」
 デュラハンは一歩、また一歩とシバとの距離を詰めていく。シバには逃げ場などない。
「さあ、アネモスの巫女よ。どこから壊してやろうか? まあ、安心するといい、まだ殺しはしないからな……」
 デュラハンの切っ先は様々なところに揺らいだ。目を潰そうか、それとも腕を切り落とそうか。本人が口にしないながらも、剣が意思を持って狙っているかのようだった。
「よし、決めた……」
 デュラハンは呟く。
「四肢を落とし目を潰そう。さすれば、貴様のそのうるさい口も利けなくなろう!」
「いやぁ! 誰か助けてぇ!」
 シバは迫り来るデュラハンの刃に絶叫した。
 シバは堅く目を閉じていた。腕を落とされるか、それとも脚か。何れにせよ必ず来るであろう、地獄のような痛み、あるいは死をも覚悟した。
 しかし、シバの想像したようなことは、しばらくの間が空いてもやって来ない。デュラハンが狙いを変えたのか分からないが、いつまでも五体満足のままである。
 訝しんだシバは、堅く閉じた目をそっと開いた。すると視界に飛び込んできたのは驚くべき光景であった。
「…………」
 シバの目の前に、深緑の甲冑に身を包んだ剣士が立っており、デュラハンはその剣士の鉄仮面すれすれの所で、自らの剣を止めていた。
 助かったのか、とシバは今になって腰を抜かし、深緑の剣士の背中を見つめた。
「何の真似だ、センチネル?」
 センチネルは長く黙した。そしてしばらくして、ようやく口を利いた。
「……貴様の指示通り、灯台に代わる新たな媒体の基礎を建てた。……その帰りにここに戻ってきてみれば、なにやら悲鳴が聞こえたのでな。来てみれば随分と趣味の悪いことをしているではないか」
「我は、礎を築いた後、そこを守護するよう命じたはずだ。それがなぜか貴様は戻ってきた。どういうつもりだ?」
「……ふん、外はもう魔界だ。人ならざる者しか歩くことはできん。放っておいても平気だろう」
 そんなことよりも、とセンチネルは逆に問う。
「イリスとの融合はしなくてもいいのか? 依代たるアネモスの巫女と、趣味悪く遊んでいる暇があるのか?」
「ふん……」
 デュラハンは剣を下げた。
「貴様を見ていたら興が失せたわ。よく騒ぐじゃじゃ馬巫女であったので黙らせようとしてみれば、もうすっかり静かになっておるな。そこをどけ、センチネル。アネモスの巫女にイリスを憑依させる……」
 センチネルは何も言わずに道をあけた。シバの視界に再び恐怖の権化が入る。
「そんな、あなた、助けてくれたんじゃないの!?」
 シバは、あっさりデュラハンに道を開いたセンチネルに、叫んだ。
「……助ける義理がどこにある。俺はただ、下らんことをするデュラハンを邪魔しただけだ……」
「今だって下らないことしてるじゃない!? イリスを私に憑依なんて!」
 デュラハンは下げていた剣を再びシバへ向けた。シバから小さな悲鳴が漏れる。
「まだ騒ぐか、やはり五体を引き裂かれなければ静まらぬか?」
「……シレーネからの言伝だ」
 センチネルはデュラハンを阻むように、唐突に言い放った。
「巫女を断じて汚すべからず、必ず潔白の状態に保て、とのことだ……」
 センチネルが言うには、アネモスの巫女、シバは朱に濡れるような状態であってはならず、綺麗でいなくてはならないとのことだった。
 これはつまり、出血する、血を浴びるといった血にさらされる事を、禁じられているのを意味していた。
「ふん、シレーネが本当に貴様にその様なことを口にしたのか? おかしな話だ。真にそうであれば、奴の事。我へと直に伝えるはずだが」
 デュラハンには信用ならぬ言葉であった。
 計算高く、慎重、その上デュラハンに心酔しているシレーネならば、融合に関する最重要な事は、前もってデュラハンに話していそうなものである。
 それがどう言うわけか、デュラハンに直に伝えることはおろか、口伝て、それもデュラハンに反抗するセンチネルに、シレーネは言伝を頼んでいる。
 デュラハンが怪しむのも仕方のないことであった。
「よくは知らぬが、不浄の時、とは出血を伴うものらしい。故に巫女の身体は汚れ、イリスの依代にはできなかったのだ。ただ少しの出血でその有様だ。貴様が無闇にアネモスの巫女を傷物にしては、一生イリスとの融合は叶わなくなるぞ……」
 作り話にしては筋が通っている上、センチネルがシバを庇い立てする必要もない。いよいよ話が真実味を帯びてきたが、デュラハンにはまだ腑に落ちないところがあった。
「その話が本当ならばやはり、何故シレーネは我に伝えなかったのだ……」
 センチネルが現れなければ危うく、シバの四肢を切り裂き、ズタズタにして二度と融合できなくなっているところである。
 シレーネが何故伝えてくれなかったのか、デュラハンはやはり疑問であった。
「……貴様に消されかけたからな。シレーネとて迂闊な事は口にできんと思ったのではないか? それで俺を通して、貴様に伝わるようにした……」
 もしくは、デュラハンに恐怖心を持ち、近付くことさえもためらわれるようになったか。センチネルは静かに笑った。
「あれほど溺愛していながら、たかだか一度牙をむかれたくらいで手のひら返しか。女とはかくも分かりやすいものだ……」
「ふん、黙れ、センチネル。あのような女、捨て駒にすぎん。精々、我が計画の邪魔にならなければそれでよい……」
 デュラハンは剣を納め、シバへと向き直った。
 剣を納めたとは言え、デュラハンが向くと、シバは思わずびくり、と体が過剰に反応してしまう。
「まあ、そう身構えるな、巫女よ。話は聞いていたであろう? 貴様を血祭りにしては、二度と融合ができなくなるのだ。身の安全は保証してやる」
 例えデュラハンに、もうシバを傷つける意思が無かったとしても、イリスを憑依させ、デュラハンと融合する過程で無事にすむ保証はない。
「い、いや……、やめて! お願い、助けてよ!」
 シバはセンチネルに助けを求めた。デュラハンの狂刃から救ってくれたように、今のデュラハンの蛮行から何らかの救いが得られるのでは、と思ったのだ。
「……先ほども言わなかったか? 貴様を助ける義理はない、と……」
 センチネルはきっぱりと言い放った。
「そんなぁ……!」
 こうなれば、とシバは何とか身が無事にすむ方法を急いで考えた。
 確かセンチネルは、巫女を血に濡らしてはいけない、と言っていた。かといって、自らを傷つけ血を出す物もなければ勇気もなかった。
 月経のふりをしようかとも考えたが、恥が先行し、何より証拠を求められた時、人体で一番見られたくない所を、二人の男にさらすことになる。それならば死んだ方がましである。
 そうこう考えている内に、デュラハンはついに、シバの手の届くところまで近付いていた。
「そう慌てるな。すぐ終わる……」