黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 20
ヒナは袖口から布袋を取り出した。袋の口を開き、親指の爪くらいの大きさの黒い丸薬らしきものを、二つほど取り出した。
「これ、は……?」
ハモは掠れた声をひねり出した。
「説明してる暇はないけど、これだけ訊かせて。あなた、子供を授かる予定はある?」
ヒナの質問は一見、まるで関係のないものに思われた。
「ヒナさん、こんな時にふざけているんですか!?」
「よしなさい、イワン……」
噛みつくように言ったイワンを、憔悴した状態のハモが制止する。
「……残念ですが、子を授かる予定など、私にはありはしませんよ……」
ハモは至って真面目に答えた。
ヒナにも、質問こそこの場にとてもそぐわないものをしたが、本人は非常に真意に、答えを受け止めていた。
「ありがとう。でも、その状態じゃ妊娠中でもとっくに流産しているだろうし、例え産めたとしてもあなたの方が死んでるでしょうね……」
ヒナはどこか物悲しそうに言う。
「っと、無駄話だったわね。ハモ、何も言わずにこれを食べて、答えは、すぐに分かるから」
ヒナは二つの丸薬をハモの手に握らせた。
「さあ、早く食べて! いえ、噛まずに飲み込んで」
「は、い……、いただきます……」
ハモは握らされた丸薬を二つとも口にした。それは甘辛いような味であり、味はお世辞にもいいものとは思えなかった。
「っく……!」
ハモは最後の後味に、激しい苦みを感じた。苦みに表情を歪めていると、ふとハモは体へ変化が現れたのを感じた。
「っ?」
「姉さん? どうしたんですか?」
ハモはゆっくりと立ち上がった。そして両手を見る。その表情は驚きに満ちている。
「はっ!」
更にハモは、右手を握りしめ、エナジーの波動を放つ。そのエナジーはかなりの威力を誇っていた。
「何でしょう、これは……? 体の奥から力が溢れてくるようです!」
ハモは自らに起こった変化が信じられなかった。
先ほどまで激しい目眩に襲われ、とてつもない脱力感、疲労感に膝を付くしかなかったというのに、今やそれらの症状は、どこかに吹き飛んだかのようである。
それどころか、体中に力が満ち溢れ、血が騒ぐほどの体力が溢れるのを抑えきれない。
体の奥底よりいずる力は、精神にも作用し、エナジーもしばらく尽きることなく、また、巨大な力を持つものを使用できる位にたぎっていた。
「良かった、効いたみたいね……」
ヒナはほっ、と胸をなで下ろしていた。
「ええ、あの丸薬を飲んだら、信じられないほど元気が出てきました。ありがとうございます」
傍目から見ても、ハモの顔立ちから、彼女が本当に元気になったのがよく分かった。
最初ここに現れた時、頬は痩け、目もすっかり座っていて、見ただけで具合が悪いと分かるほどの顔つきをしていたハモであったが、今はそんな様子は一切窺えず、倒れかけていたのが嘘のようである。
目はしっかりと開かれており、痩けてしまった頬は、さすがに劇的な変化はないものの目立たなくなり、僅かながら、肌に艶が戻っていた。
「本当にすごい……。姉さん、さっきまでとは別人みたいだ……」
すぐそばでイワンが、姉の復活に安堵するというより、心の底から驚いていた。
「おい、もしかして、さっきヒナさんがオレ達に発表しようとしてたのって……」
「その通りよ、ジェラルド。これは
太陽の巫女に代々伝わる秘薬、その名も、超兵糧丸よ」
ジェラルドの予想通り、ハモが現れる前に、ヒナが皆の前でここ数日間で何をこしらえていたのか、教えようとしていたものであった。
「……まあ、名前はあたしが付けたんだけどね」
ヒナの言う、超兵糧丸とは、戦で満足に食事もできない兵が使用する、栄養価に満ちた丸薬、兵糧丸のあらゆるものが超えたものである。
「味はまあ……、喜んで食べる人がいたら、逆に驚くくらい不味いんだけど、効果はてきめんよ」
味についても効果についても、全てこれを食したハモが証人となっている。
彼女は超兵糧丸の不味さのあまりむせそうになっていたが、次の瞬間、今の状態となっている。
ヒナの説明は続いた。
「これを食べる、もしくは飲めば、その瞬間に元気が出るの。どれくらい元気が出るかというと、まあ、大体だけど、一週間は飲まず食わずでも過ごせて、三日くらいなら眠らなくても最高の状態で動くことができるわ。更に、これは精神にも働いて、エナジストならエナジーが強化するのよ」
説明を聞いていたロビン達は、最早驚くしかなかった。
一週間も食べることなく動けるとは、予想を遥かに超えていた。
話を聞いている内に、ロビンはあることを理解した。それはここ数日、この超兵糧丸なるものを調合していたと思われるヒナに、疲れの色が全く見られなかったことである。
調合の最中にも、これを食していたのだと考えればよく分かる。
「すげえや! ヒナさん、オレ達の分はないのか!?」
ジェラルドは、超兵糧丸の驚異の効能に惹かれ、是非とも欲しいと言った。
それに対してヒナは微笑んだ。
「ええ、全員分、まさか欲しい人はいないだろうけど、お代わりもあるわよ。今渡すわ、ちょっと待ってて」
ヒナはロビン達全員に、超兵糧丸を一人に二つずつ渡して回った。
「よぉし! これでオレも最強になれるぜ!」
ジェラルドは親指大の黒い粒を貰うと、いっただきます、と一度に口に放り込んでしまった。
「あっ、そんないっぺんに食べたら……!」
ヒナの注意は遅かった。
「ふぁっ!?」
ジェラルドの鼻腔に、えもいわれぬ臭みが広がった。
「ぺっぺっ! 何じゃこりゃあ! うぇ……、カーッ、ぺっぺっ!」
ジェラルドはすぐさま口の超兵糧丸を吐き捨て、何度も唾を飛ばし続けた。
ジェラルドの感じた味、匂いは、最早人の口にする物とは思えない物だった。
口にしてまず感じるのは、生魚の擂り身を、焼くことも煮ることもせず、そのまま食しているような生臭さである。
舌先に感じるのは、辛味と甘味が悪く混ざった甘辛さである。もの凄く辛いかと思いきや、もの凄く甘いという驚きの味である。
「あらら、やっぱり不味かったかしら?」
ヒナは苦笑を浮かべていた。
「不味い以前に生臭せえんだよ! うぇ……」
ジェラルドは口元を押さえた。
「ジェラルド、いくら何でも失礼ですわ。どんな物であれ、いただいた物には感謝しなくては。では、ヒナさんいただきますね」
メアリィはジェラルドのように、一気に口に放り込まずに、まずは一口、と超兵糧丸の一粒をかじった。
「あっ! そんなにしっかりかじっちゃ……!」
ヒナの注意はまたしても遅かった。
「んぐっ!」
かじった瞬間、メアリィの口腔に、ドロッとした液体が広がった。
臭い、などと言う言葉はまだ優しさがある。これは、悪意さえも感じられるような代物だった。
その辺りに生えている草をかじるような、紛う事なき青臭さを感じた。
「んぐぐ……!」
粘着状の青臭い液体は、なかなかのどを通ってくれず、メアリィは軽い窒息状態になっていた。
メアリィは更にもう一つの超兵糧丸を口にした。少し舐める事によって唾液を増やし、なんとか飲み込もうと考えたのだ。
「っ!?」
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 20 作家名:綾田宗