幾度でも、君とならば恋をしよう
「なんだかおまえ、変な歩き方してんな。どこか怪我でもしたのか」
「あまり、深く聞いてくれるな、カミュ。それより何か腹の足しになるものはないかね……干涸びてしまいそうだ」
とんでもな発言通り、とんでもなことを実際にやりとげたサガに付き合わされて、ほとんど脱水状態に近い私はやっとの思いで脱出し、空腹感を満たすためにカミュの宮に逃げ込んだ。
今頃サガは私の身代わりになった弥勒菩薩の仏像でも抱き締め、眠りを貪っていることだろう。こんなことに役立つとは思わなかった仏像コレクション。ちょっと罰当たりな気がしないでもないが。背に腹は代えられなかった。
「サガ絡みか?なら聞かないでおこう。ちょうどいいタイミングだったな、試作品が今、出来上がったところだ」
そう言って両手にミトンを嵌め、無駄にフリルのついたエプロン姿のカミュが出来立てホヤホヤ……というよりはグツグツと煮え立った大鍋をドンっとテーブルに置いた。ついでに付け加えるとすれば、人生で一度も嗅いだことのない臭いを放っていた。
「これは人間の食べ物かね?」
思わず素で尋ねてしまう。カミュは心外だとばかりに肩を竦めながら「当然だろう」と至極当たり前に答えてみせる。うむ、どうすべきか?躊躇している間にも、ぐう〜と腹の虫は勢いを増すばかりである。
意を決して取り皿に盛ろうとした時、やんわりとその手を押し止めるものがあった。くるりと振り返る。思わず「げっ」と蛙を踏んだような声が、のどの奥で鳴った。
弥勒菩薩を片手で抱えたサガ。微妙な持ち方が少々いかがわしい。仮にもそれは菩薩ぞ?と言いかけ、口ごもる。剣呑なサガの雰囲気に呑まれたのだ。
「これは後からデスマスクが責任を持って味見するそうだから、シャカはこっちに来なさい」
カミュへの労いもそこそこにサガはぐいぐいと私の手を引いて、サガ御用立ちダイニングルーム(らしきところ)へと向かった。
「そこで座って居なさい」と椅子に座らせられ、ついでに菩薩像を手渡される。態々小脇に抱えてここまで持って来たのか、彼自身も無意識に抱きかかえていたのかは謎であるが、追求したところでまともな答えは返って来ないだろう。なので、そのままスルーしておく。サガは調理場の方へと向かった。
「おなかが空いたなら、私を起こせばよかったものを……」
やんわりとサガはそう言うが、「はい、そうですね」とは素直に頷けないようなことをやってみせたのはどこのどいつだ、君ではないか!と口を尖らせながら言う。
「……あまりにも気持ちよく眠っていた君を起こすのは忍びなかったのでな」
調理場は開けっ広げだから、サガの姿がよく見えた。その姿を目で追う。パタンと冷蔵庫からいくつか取り出した野菜やら海鮮類をサガは手際良く洗い、ナイフでカットしていく。ニンニクのいい香りが漂って来たため、ぐうっと益々腹の虫が騒ぎ立てた。知る者は少ないが、サガは意外に料理上手だった。熱したフライパンにオリーブオイルの落とされた音、ついで具材が踊るように小気味よい音を立てた。
「もうすぐだから」
ちらりと私のほうに視線を向けるサガに「うむ」と答える。バゲットをカットし、温め直したものと、皿に盛られたサガの手料理がようやく目の前に現れた。
「お待たせ」
「うむ、いい香りがする。美味しそうだ」
くんくんと香りを十分に堪能したあと、ようやく口に入れる。うん、やはりサガの料理は最高だ。「サガも食べるかね?」とスプーンに乗せた料理を彼の口元に運ぶと「ああ」とそのままぱくりと口を開けた。
「うん、まずまずだな。碌に味見をしなかったけれども」
と、自分の感覚に自画自賛している模様である。
「君が料理の担当をすればよかったのに」
そんな本音をぽろりと零すとサガは「そうだな」と少し考える素振りを見せたけれども。
「私の腕はおまえに揮うためだけにあるからな。やめておこう」
最後の一口の余韻に浸るような甘ったるいサガの言葉。もしかしたら、この料理に酒でも含まれていたのかもしれない。私は頬を赤らめた。
作品名:幾度でも、君とならば恋をしよう 作家名:千珠