幾度でも、君とならば恋をしよう
「すっかり夕方だ」
本日は宴の日なり。まだ日はなんとか地平線に残っていたが、薄暗さが増し始めていた。少々不慣れな身なりに苦笑を浮かべながら歩く。仲間たちの衣装もそれぞれアフロディーテが趣向を凝らして、大層見目の良いものに出来上がったらしい。らしい、というのは所用で出掛けていて、帰りが思いのほか遅れたため、アフロディーテに小言を言われながら、一人遅れて衣装を着る羽目になったからである。
しかし、前日合わせた衣装とは雲泥の差であるなと思いながら、アフロディーテのなすがままになっていた。彼曰く、既にアテナ御一行様もご到着で祭りを堪能しているらしい。聖域の皆の姿には驚きながらも、とても喜んでいたとか。とりわけ、黄金聖闘士たちとは写真を取り捲り、ご機嫌であったらしい。
黄金聖闘士たちはもともとが美丈夫たちであるから、こんな豪奢な衣装を纏えば、それこそ人々の視線が釘付けになるだろう。
「しかし、ここまでする必要はない気がするのだが」
明らかに、明白に、疑う余地なく、コッテコテに着飾り過ぎているといえる自分の姿を大きな鏡の前で睨みつけながらも、「はい、終わり!」のアフロディーテの合図で、足早に宴の舞台となっている闘技場へと向かったのだった。普段は下ろしていた髪も高い位置で一纏めにされ、歩くたびに揺れ、頭皮が引っ張られて痛いし、無駄に施された髪飾りが、しゃらしゃらと煩かった。
松明を灯され、それらしい演出によって照らし出された闘技場には既に大勢の人々が居て、仲間たちもてんでバラバラに散って各自楽しんでいるようだった。当然のことながら、目当てのサガもいた。
サガは祭りに足を運んでくれたロドリオ村の重鎮らしき者たちに囲まれ、何やら話し込んでいた。彼もまた、装いも手伝ってか、惚れ惚れするほどに見目麗しいものだった。
しばらく声をかけることもせず、見蕩れていると、サガは周囲の説明でもするためにか、ぐるりと周りを指差しながら、その過程で私の方へと視線を向け、通り過ぎ、もう一度振り返った。明らかに驚いた目をしていた。
せっかくの男前を台無しにするように、口も開けて惚けている。
さしていた指も空中で止まっていた。傍の者に声をかけられてようやくサガは固まりを解いて手短に話した後、ようやく、こちらへと向かって来た。
「……一瞬、おまえだとはわからなくて、焦ったよ」
「なぜ焦る必要があるのかね?」
いつものような余裕の微笑を浮かべているのかと思い、傍立つサガを見遣る。すると意外にも彼は神妙な面持ちであった。
「正直に言えば……シャカ、私はおまえだと認識せずにおまえの姿を見て心を奪われた。いや、一目惚れしたといってもいいな、あれは。全身に電流が駆け巡ったような感じだった。自分が信じられないと思ったし、思わず、『どうしようか』と一瞬だが、迷った」
サガが目を細めて私を覗き込んだ。少しばかり意地悪げに見えるのは気のせいではないはず。
「ほう。では今の私がまったくの他人だったとした場合の君の行動にとても興味がある」
挑戦的にサガを眇めるとサガは鼻を鳴らした。
「そういう余興がご所望とあらば、喜んで。迷子の女神よ」
恭しく腰を折り、跪き、私の手を取るとサガはその手の甲に口づけた。冗談にも程があると手を払うと「きゃあ」と黄色い声が近くで上がった。言わずもがな、アテナその人である。
浴衣というのであろうか、日本式の衣装を装い、いつも長く靡かせている髪も纏め上げられ、愛らしい姿をしておいでだった。
「サガが凄い美人と一緒だと聞いたので飛んで来たら、シャカだったのですね!最初はわかりませんでしたけれど、吃驚しました」
いつもより数段とテンションの高いアテナの様子に、口元を引き攣らせる私に対してサガは悪びれもせず「そうでしょう。ですが、私のものですからね、あげませんよ、アテナ?」とにこやかに応対する。それに対してアテナは「またサガってば、冗談も上手なんだから」と言いつつ、私とサガの間に入って両腕でがっちり確保した。
アテナよ、この男は生まれてこのかた冗談など言い放ったことなどございません、と内心で私は嘆くばかりである。
両手に花ですね〜と道行く者たちに言われ、ご満悦中のアテナだが、サガはキョロキョロと視線を泳がしている。誰かを探しているのかと思ったその矢先、にんまりと口端を上げた。
「アテナ、あそこに星矢がおりますので参りましょう」
青銅組は出店に夢中になっている様子である。近づくと「金魚すくい」とやらに少年たちは熱中していたが、気配に気付いて振り返った。
「あ、沙織さんとサガと……」と言って、そのまま言い淀む瞬。何故だか頬を赤らめていた。他のメンバーは無礼なほどにじろじろ私を見ている。
「誰、サガ、そいつ。あんたの女?」
「誰が―――サガの女、だ。その口、聞けなくしてやろうか星矢。天舞ほ……」
「こらこらこらこら!」
曼荼羅模様を浮かべたところでサガに邪魔をされる。「なぁんだ、シャカかよ」と星矢は興味をなくしたらしく、浅い水槽の中で泳ぐ金魚へと視線を戻した。
この餓鬼に礼儀を叩き込むと息巻く私を押さえつけながら、サガはアテナに『金魚すくい』を勧めた。
「え、でもわたくし……」と恥じらうアテナを星矢の横に据えて「ほら、せっかく星矢もいるのでデートということで」とサガが不用意に放った一言で、見る間にアテナは真っ赤になった。あ、やばいかも……と思った時である。
「サガの……サガのばかぁっ!」
例の馬鹿力が炸裂したのだった。
作品名:幾度でも、君とならば恋をしよう 作家名:千珠