ひとつに、とけあう
ショックだったのはそんな彼を止められなかった自分。彼の苦しみを取り除けられなかった自分の不甲斐なさ。けれど、大和田君にとって自分はその役目にすら価しなかったのだろう。それもそうだ。だって外には彼の仲間が大勢いるのだから。自分はその内のひとりに、最悪もしここを出てしまったら『過去の友人』というぐらいの認識で終わってしまうかもしれない。
(それでも僕にとっては兄弟がはじめての友だったんだ。そして大切な存在であり、この学園生活の中で出来たかけがえのない全てだったんだ)
「うっ…あっ…あ、あぁあああ…」
「よくもまぁそんなに次から次へと涙が出てくるもんね〜。流石顔面スプリンクラーってとこ?どう?アンタがキョーダイキョーダイってあんなにも固く結ばれた仲だと思い込んでいた相手にたいして信用されていなかった事実に絶望しちゃった?」
ケラケラとからかうように笑う声が耳障りだ。最早初めに疑問に抱いていた、彼女が死んだ筈の江ノ島盾子だったとか彼女がこのコロシアイ学園生活を仕組んだ黒幕なのかという考えはどこかに飛んでいき、ただ己の無力さに打ちひしがれていた。
「ねぇ、石丸。アンタ大和田に逢えるなら逢いたいでしょ?」
その言葉に俯いていた顔をハッと上げる。
「い、生きているのかッ!?」
「は?ンな訳無いでしょ」
「ッ……!!」
…一瞬でも希望を抱いてしまった自分が馬鹿らしかった。
「じゃなくて…こ・れ・よ♪」
江ノ島がどこからか取り出したのは…大和田がパッケージになっているバターの容器だった。
石丸は再びあの猛烈な吐き気に襲われて咄嗟に口元を手で覆った。胃液すらもう出せずに、えずきながら殺意の篭った瞳で目の前の女を睨みつける。
「何ソレ〜、バターに生まれ変わったキョーダイに逢えて思わず吐いちゃうほど嬉しかった〜!?ハッ!……超絶望的ですね」
上から目線な態度から一転、頭から何故かキノコを生やし、髪を弄り陰湿な仕草をしてみせた。余計に腹が立つ。
「ふざ…けるなぁ…っ!!」
「まーまー、落ち着きなさいよ。それより石丸…アンタに『これ』、あげよっか?」
わざとらしく石丸を宥めるマネをすると江ノ島は容器を彼の前へと差し出した。
恐る恐る手に取る。この中に…大和田が…緊張に指先が震える。
「…これで僕にどうしろと」
すると江ノ島は人差し指を顎に立て、少し思案する仕草を見せた。
「う~ん…そのままホットケーキにのせて蜂蜜たっぷりかけて食べるのもいいけどそれじゃつまんなくない?あ、アンタのことだからいっそ『夜のお供』に使ってみるとか?」
――身体の中で血の気がさぁっと引く音が聞こえた気がした。狂ってる。そんなの、異常だと頭の中で理性の警報が鳴り響く。しかし、一方で好奇心が湧いていたのも確かだった。
沈黙する中、ひっそりと底意地悪く上がっていた口角に石丸は最後まで気付けなかった。