For the future !
凛の努力が報われることを願わずにはいられない。
凛の勝利を願わずにはいられない。
遙は立ちあがった。
高校三年生の夏、凛につれられていったオーストラリアの浜辺で聞いた話を思い出す。
小学校を卒業したあとオーストラリアに留学した凛は、学校で言葉がよくわからなくて苦労したらしい。
そして、目的であった水泳で、壁にぶつかった。
日本でちょっと早かったからって、こっちじゃ、ぜんぜん、たいしたことねぇ。
そう凛は言った。
その現実は、どれほど、つらいものだったのだろう。
届け、と遙は思う。
「凛ーーーーー!」
精一杯、声をあげて、名を呼んだ。
届いてほしい。
今、泳いでいる凛に。
それから、壁にぶつかって泣いている過去の凛に。
届け。
「凛ーーーーー!!!」
おまえはひとりじゃない。
俺も一緒にいる。
そう思う。
凛は強い。
それを信じてほしい。
もしも自分が凛に力を与えられるというのなら、その力を届けたい。
そして、本来の強さを発揮してほしい。
願う。
強く、祈る。
胸が熱い。まるで自分が戦っているときのように、熱い。
『あっ、松岡選手が、また二位の選手と並んだ!』
『ここに来て、スピードがあがりました! 力を溜めていたのか!?』
『勢いは松岡選手が上だ!』
『松岡選手がまえに出る! 単独二位だ!』
凛はゴールへと向かって進んでいく。
『二位にあがっただけじゃない! 一位を追いつこうとしている……!』
『これは、この勢いなら、一位の選手をとらえますよ!』
『ゴール目前、しかし、松岡選手、一位と並びそうっ、今っ、並んだー!』
『絶対的王者不在とはいえ、この種目で、アメリカのトップクラスの選手と並んだ!』
ゴールはもうすぐだ。
凛はトップ争いをしつつ、どんどんゴールまでの距離を縮める。
『どっちが一位だ!?』
『松岡、来い! 一位でゴールに飛び込んで来い!』
『松岡! 松岡! 金メダルをつかみ穫れーーーーー!!』
実況しているアナウンサーが絶叫した。
遙のまわりでも松岡コールがいっそう大きくなっている。
声援が降り注がれる中、凛の腕が伸び、その指先がプールの壁に、ゴールに、タッチした。
『順位はっ、松岡、一位だ!』
『松岡選手が優勝です!』
『やりました、金メダルです!』
プールの中にいる凛は自分の順位を確認する。
そして。
「っしゃあああっ!」
声をあげ、拳を振りあげ、さらにそれを振りおろした。
笑顔だ。
大歓声と拍手が凛を包んでいる。
やがて、隣のレーンで日本代表選手がゴールし、自分の順位を確認したあと、凛に近づいてきて、祝福する。
その選手に凛は笑顔を返した。
それから。
ふと、凛の顔が観客席のほうへ向けられた。
その視線はなにかを探すように観客席の上を走った。
その眼の動きが止まる。
ぼうぜんと立ちつくしている遙の姿を、とらえた。
眼が合う。
凛は拳を握ったたくましい右腕を力強く突きあげた。
そして、笑った。
遙はその凛の姿を眼を大きくして眺め、少しして、ハッと我に返る。
なんだか照れくさいような気がして、けれどもそれは顔には出さずに、遙は無表情で凛から眼をそらした。
作品名:For the future ! 作家名:hujio