For the future !
インカレは大学生にとって重要な大会であり、その大会が終わったというだけでなく、それで引退する四年生もいるから、打ち上げは盛大なものになる。
「で、翌日は早朝出発、だよな」
凛は確認するように言った。
「ああ」
競技日程三日間のインカレが終了した翌日、アジア大会事前合宿が行われる静岡へと向かう。
国立スポーツ科学センターから朝八時に出発だ。
ただし、インカレに参加する選手などは国立スポーツ科学センターからの出発に合わせずに静岡で現地集合でもいい。
だが、遙は凛とともに国立スポーツ科学センターから静岡に出発するつもりでいる。インカレが終わってからの打ち上げのあと、東京での家に帰る。それなら、翌朝、凛と一緒に家を出たい。
「……スケジュール厳しすぎねぇ?」
「文句言うな」
ボソッと凛が言ったの対し、遙はいつもの冷静な声で言い返した。
「やりたいことやってて、文句なんか言うべきじゃねぇって、わかってんだけどな」
凛はため息をついた。
このハードスケジュールは国際大会に日本を代表して出るためのものだ。
国際大会に出たくて、そのために頑張っていて、それでも出られない者はたくさんいる。
文句を言うべきじゃない。
でも。
文句を言いたくなるのもわかる。
インカレの打ち上げがあるから帰りは夜遅くなる。そして、国立スポーツ科学センターを朝八時に出発となると、東京の家を出発するのはもっと早い時刻になるし、東京の家を出発するまえに静岡合宿用の準備をしなけければならない。
しかし、これは遙のスケジュールだ。
凛はインカレには出ないので、静岡合宿出発日の朝はともかくとして、その前日までは余裕があるのではないだろうか。
「仕事が忙しいのか?」
「それは、まあ、たしかにあるけど、静岡に行く前日は夜遅くならねぇようにするし、そういうことじゃねぇよ」
「?」
「だから、おまえが家に帰ってくんの遅いだろうし、次の日は朝早くに家、出ねぇといけねぇだろって話」
遙は考える。そして、答えを出した。
つまり、ふたりで家にいる時間が短いのが不満ということか。
「……打ち上げ、腹くだしたとか言って出ないようにしようか?」
「バカ言え。そういうのはちゃんと出とけ」
少し厳しめの声で凛は言い、さらに続ける。
「ちょっと愚痴言いたくなっただけだ」
家にいる時間は少なくなるだろうが、そのあとはほぼずっと一緒にいることになる。
とはいえ、九日間の静岡合宿を終えて東京にもどり、その日は東京に一泊して、翌日、仁川に旅立って選手村に入村、その二日後にアジア大会が開幕し、そのさらに二日後に競泳競技が開始、競泳競技は六日間で、日本に帰国するのは今月の下旬それも終わりに近い日だ。
東京の家でふたりでゆっくりできるのは先のことになる。文句は言えないけれど。
校門が近くなってきた。
ふと、思いついて、それが遙の口から出ていく。
「凛、おまえに言ってほしい言葉がある」
「なんだ?」
遙は校門のほうへ眼をやったまま告げる。
「おまえが、好きだ」
少し間があった。
それから。
「おまえが、好きだ」
隣から凛の声が聞こえてきた。
つないでる手を凛が痛くない程度に強く握ってくる。だから、遙も握り返した。
校門が、もう、近くにある。
遙は立ち止まった。
つないでいた手が離れていく。
「じゃあな」
そう告げると、凛は遙よりもまえへと出た。凛のうしろ姿が遠くなっていく。
校門を通り過ぎたあたりで、凛がふと立ち止まり、遙のほうを見た。
そして、立ちつくしている遙に言う。
「早く、もどれ」
凛は笑った。
その顔を遙は眺め、しかしハッと我に返って、眼をそらし、身体の向きを変えた。歩き出す。
きっと凛も帰るほうへと歩き出しただろう。
歩きながら、遙はさっきまでつないでいた手の感触や体温、それから凛の声や、ついさっきの笑った顔を思い出した。
胸に温かいものが満ちるのを感じつつ、合宿棟に続く道を歩いた。
作品名:For the future ! 作家名:hujio