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何度でも 前編

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 チラチラとした日差しが目蓋をくすぐり、私はゆっくりと目を開ける。
ベッドサイドの時計は朝の7時を指していた。

「3時間ほどは眠れたか」
「……うぅ〜〜…ん」

寝起きで少しだけかすれた声を上げると、傍らから小さく呻く様な声が返ってきた。
視線を向けると、私の片腕を掴むようにしてアムロが顔を埋めている。
胸に当たる寝息の温度は平熱に感じられ、私はそっと冷却シートを外して、額に触れてみた。

「早くに解熱したな。若さゆえか?」
触れる体温にホッと安堵したのもつかの間、私自身の肉体に無視できない兆しが訪れた。
私の足にアムロの足が縋るように絡んでおり、寝具の中に充満した少年らしい体臭が鼻腔を擽るのだ。

「そう言えば、忙しさのあまりしばらくご無沙汰だったか…」

そう思えばより一層、血流が局部に集中して押し寄せてくる。
だが、相手は怪我人であり、ある意味初対面になるのだ。その再会の最初が、同意を伴わない結合というのは・・・

「拙いどころか、犯罪者扱いをされかねん。落ち着け! 落ち着くんだシャア!」
自分に言い聞かせながら、私は彼から離れようとした。
直後

リ〜ンゴ〜ン♪

訪問を知らせるチャイムに、私は眉間に皺を寄せた。
それでも無視をするわけにはいかない。Drが様子を診に来たのかもしれないのだから。

私はアムロを起こさないように注意しつつベッドを降りると、リビングを抜けて入口へと出向いた。
室外カメラで訪問者を確認すると、やはり白衣姿のDrが確認できたが、同時に複数のスーツ姿の男女が同行している。

(彼らは何なのだ?)
見知らぬ他人の処を訪問するには、些か適切でない時間帯である。
私は不機嫌を隠す事無くロックを解除し、扉を開けた。

「Dr。正直もう少し寝させておいて頂きたかった。彼が昨夜はかなり発熱しており、就寝したのは早朝と言って良い時間だったのですよ。点滴は交換して、後少しで終わりますが?」
「申し訳ありません、ジーク様。患者をお預けし」
「安室君を返せ!」
『『校長!!』』
苦笑いと共に話しかけてきたDrの会話を押しのけるように、高飛車な、しかし拙い英語が初老の男性から発せられた。
Drと男性の後方に控えていた中年女性が慌てたように制止の意味合いを含んだ声を発する。

部屋の入り口は、一気に険悪なムードになった。

「彼を返せ? 随分無礼な仰りようだ。私は彼を拉致監禁しているわけではないのですよ。むしろその逆で、彼を保護し看病している。発言を撤回して頂こうか」
『校長! こちらのジーク様は路上で暴行を受けた貴校の学生を保護して、こちらで看てくださっているのですよ。失礼な口の利き方はお控え願いたい!』
『路上で保護したのなら、救急車を要請すれば済む事ではないか! 何ゆえ自室へ連れ込む。身元の定かで無い輩に、当校の優秀な学生を預ける事など認められる訳が無かろう!』
『身元の不明な輩だなどと! こちらの方は、北欧有数のIT企業スレイプニル社の最高責任者にして創立者の
ジーク・フェルセティ・エリアルディ様ですよ!』

私を余所にDrと男性が言い合いを始めたが、Drの口から社名と私の名前が出た事から、男性が、生徒を誰とも知らない不審者が連れ去ったと思い怒鳴り込んできたのだと予想する。

「私は、作業用MS企業の一つ、ヒクレスト社の後継者にして、MS用IT企業の世界有数有力企業、スレイプニル社起業者及び最高経営者だ。セカンドネームのフェルセティとは、正義と調停の神の名。その名を戴いた私を犯罪者呼ばわりした償いは、どのようにしてくれるつもりか。お答え願おう」

私は扉横の壁に背を預けて腕を胸の前で組むと、顎を軽く上げて睥睨した。
言葉の意味を理解した様子の中年女性とDrの顔色が、一気に蒼白となった。
男性はDrの説明に目を白黒しているだけで、私の言葉を理解できていない様子だ。

「私は、貴方に、訊ねている! 如何か?!」
背中を壁から離し、ズイッと迫ると、彼の視線が不規則に彷徨いだした。

「ご身分を知らぬ事とはいえ、大変な無礼を働きました事。校長に成り代わり、深く陳謝致します」
中年女性が、校長と私の間に小さな身体を割り込ませるようにして謝罪の言葉を発する。
「貴女は? どの様な立場の方か」
「わたくしは、保護者代わりの者です。彼は中学卒業まで私の乳児院で暮らしておりました。成績優秀との事でこの校長に入学を勧められ、高校へ入ると同時に寄宿舎生活になったのです。今回、校長経由でDrからの伝言を頂き、彼の事が心配でこうして無礼を承知で訪わせて頂きました」
「そうでしたか。彼は寝室でまだ寝ております」
私は院長に対して、柔らかに微笑みを返した。
しかし、校長に対しては抗議したい事が山とある。
彼に向けては侮蔑の表情と共に言いたい事を洗いざらいぶちまけた。

「はっきり申し上げましょう。彼は、他の学生から虐めを受け続けている様です。身体のあちこちに打撲傷があり、創傷の痕も見受けられます。更には食事も満足に与えられていないのではないでしょうか。昨日のDrの弁では、栄養不良が顕著だとの事です。確かに、17歳にしては細すぎるし、背が低い」
『ええっ?!』
女性の表情が強張ったものになり、校長に向けて何事かを問い詰めだした。
多分、私の私見を確認する為であろう。
Drも女性の問いかけに頷きながら私の方を時折見て、校長へと言葉を重ねている。見る間に校長の顔色が赤から青そして怒りによるものか、どす黒いものへと変じていった。

「どうやら校長先生は実情を把握されていなかった……いや、知っていながら知らぬふりをしていたと判断するのが正解か。彼が周囲の生徒に虐待され暴行を受けている事を、知っていながら放置したのだろう。違うかね?!」
『校長! ジーク様が、校長は全てを黙認していたのではないかと仰って言います。事実なのですか?!』
女性が校長に詰め寄っていく。
校長は何やら盛んに言い募り、それを女性が返してといった言い合いが始まった。

「有名な進学校の校長と言いながら、その実、ご本人には大した学力は無い様子だな。英語など共通言語であり、地位の高い者であれば自国の言語に加え二か国語くらいは操れるものだ。その地位に甘んじて、努力を怠ってはいまいか」

侮蔑を隠す気も無くなった私が総評を零せば、Drが苦虫を噛み潰したような表情で答えを返してきた。
「耳に痛いお言葉です。正直な事を言わせてもらえば、校長は世襲制でなったようなものでして、校長に相応しい人格者だからと言うわけでは無いのです」
「では、その様な御仁にアムロ君を預けているのは適切な処置とは言いかねる。私が彼に相応しい学園に転入させ、理想的な教育と生活環境を提供したいと思う。早急に、この都市の教育担当役員及び福祉課の職員をこちらに呼んで頂きたい」
「彼を…ですか?」
私の意見に、言い合いを止めて女性が不安げに返事を返した。
校長はもはや蚊帳の外といった状態に置かれている。
作品名:何度でも 前編 作家名:まお