かじみちつめ
OPE.7予告を見て
未知子はいつものように颯爽と病院内の廊下を歩いていた。
「あ、デーモン!」
廊下を左に曲がったところで加地と出くわした。
未知子はそのまま歩き続けて、加地とは進む先が違うので、去って行こうとした。
しかし。
「待て、デーモン」
加地に腕をつかまれる。
「なによ?」
「話がある。ちょっと来い」
「東だの西だの変な争いは私には関係ないし、いっさい関わりたくございません」
「そうじゃなくって……、いいから来い!」
結局、未知子は加地に引っ張られて歩いて行く。
やがて、だれもいない部屋へと入った。
加地に腕を引っ張られて、テーブルのそばにあるイスの横まで行き、そのイスに腰掛けた。
そのあと加地は未知子の隣のイスへ座る。
未知子はクールな表情を加地に向ける。
「話ってなに?」
「……昨日の夜、富士川先生に呑みにつれていかれたんだ」
「ふーん」
富士川というのは、西京大学病院からこの国立高度医療センターに赴任してきたばかりの医師だ。未知子は富士川とはここで顔を合わせる以前にナイトクラブで会っている。騒がしい男だ。さらに、富士川は未知子を敵視しているらしい。未知子にとってはくだらないことだが。
西の陣営の富士川が東のトップクラスの加地を呑みにつれていったということは加地を西へ引き入れたいということだろうか。
加地は腹腔鏡の魔術師という異名を持つスーパードクターである。
それに、懐柔しやすそうだと思われたのかもしれない。
つまり手術の腕は非常に高く評価され、一方、人間的には甘く見られたということだ。
「それでさ」
加地は眼を伏せた。
なんだか言いづらそうだ。
未知子は少しイラッとした。
「なによ?」
「………………隣に座った富士川先生が身体を近づけてきてさ」
「うん?」
「こう、腕を伸ばしてきて」
加地は自分の左腕を伸ばしてみせる。
「俺の肩を抱いたんだ」
つらそうな顔をしている。膝の上に手を置き、身を固くしている。
一方、未知子は平然として、うなずく。
「うん」
「俺の肩を抱いたんだ」
「うん、それもう聞いた、二回目。だから、それで?」
「おかしくないか!?」
「ぜんぜん。ほら、戦友とかに俺たち頑張ったなって感じで、やったりするでしょ?」
「俺と富士川先生は戦友じゃない!」
加地は未知子に訴えるように言う。
「それに、なんか、いやらしい感じだったんだ!」
「ああ、わかった、エロオヤジが若い女の子になにか理由つけてボディタッチする感じね」
「そう、それだ!」
加地は大きくうなずき、それから膝の上に置いた手を拳にぎゅっと握る。
「……俺、あのひとから狙われてる気がする」
眼を伏せ、身を少し震わせた。
そんな加地を眺め、未知子は狙われてるってそっちの意味かと思った。そして、今、自分は加地から悩み相談されているのだとようやく状況を理解した。
くだらないと言い捨てて立ち去ることもできるのだけれど。
「ま、気にしなくてもいいんじゃない?」
「簡単に言うなよ、デーモン」
ふたたび加地が未知子を見た。
未知子は加地のほうへ腕を伸ばす。
自分がいるのとは反対側にある肩に触れる。
ポンポンと軽く叩いた。
「ね? たいしたことじゃないでしょ?」
明るく言った。
しかし、加地は黙っている。
未知子は加地の肩を抱いたまま、むうっとする。
「なによ、イヤなわけ?」
「……そうじゃない」
浮かない顔をしていた加地の表情が変わる。
妙に真剣な顔つき。
「デーモン、いや、大門、実は、俺は」
そこまで加地が言ったとき、携帯電話が鳴った。
それは未知子の白衣のポケットから聞こえてくる。
未知子は加地から少し離れて、携帯電話を取りだして、出る。
電話をかけてきた相手と短くやりとりをした。
「わかった。すぐ行く」
そう告げたあと電話を切ると、未知子はイスから立ちあがる。
「私の担当してる患者の容体が急変したって」
いちおう加地には状況を説明しておいた。
そのまま、未知子はさっさと部屋から出て行こうとする。頭のなかはすでに容体が急変したらしい患者のことでいっぱいだ。
けれども。
「大門!」
加地が追ってきていた。
腕をつかまれる。
未知子は足を止め、加地を振り返った。
加地はなんだか必死な様子だ。
「大門、俺は」
「わかった。ちゃんと言っといてあげるから」
未知子は凜々しい口調で続ける。
「加地ちゃんに手ぇ出すなって」
「……え」
加地はポカンとした様子で、固まった。
そんな加地の様子を気にせず、また未知子の頭の中は患者のことでいっぱいになる。
未知子は固まったままの加地を置いて、部屋から出て行った。