二階堂千鶴とゆかいなコロッケたち
「「「「「ここでお待ちください」」」」」」」
鎧をまとった屈強なコロッケが大声をだして部屋をでていく。それほどに長く広い室内だが、壁が狭く息苦しい。その奥にちょこんと置かれたソファーに千鶴は腰掛けていた。
「なんだかタッパーに入れられてる気分ですわね……」
明かりは壁に埋め込まれているキャンドルだけで薄暗く、時計もない。
「お〜っほっほっほ!」
お〜っほっほっほ……反響して返ってくる。
それが面白くて数分くらい遊んでいたがすぐに飽きる。
部屋を一周、二周、三周して、飽きる。
歌の練習をしながらテンションが上がってふかふかのソファーで、跳ねる。
「飽きた……コホン。飽きましたわ」
ソファーに横になって天を仰いだ。この部屋には何もなかった。
(あの子は無事なのかしら)
何気なく入り口に目を移すと、ソファーの前に置かれているテーブルが視界を阻む。上に置かれている山盛りのソースコロッケが目に付いた。
「……食べても……いいのかしら」
座り直してソースコロッケを1つとる。さくさくで香ばしい香りを漂わせてきて、千鶴の高貴な食欲が刺激された。
「ソースって……わたくしが知っているソース、ですよね」
ソースの黒が高級感を醸し出していて美味しそうだった。千鶴は逡巡したが、食べてみたいという好奇心には勝てなかった。
「ウチのコロッケより美味しくなかったら承知しませんわよ」
……サクッ! サクサクゥ!
衣の芳ばしさと肉汁が絡み合い口内を駆け巡って染みこんでいく。それだけでも十分おいしいのに、そこでソースの酸味が追いついてくる。
「うん。ソースですわ」
ソースの濃くピリリとした刺激がコロッケの旨味を一層と濃く浮き立たせてきた。
うまい。うますぎる。
すぐに食べ終わると、もう一つ手にとってもぐもぐと少しずつかじっていく。
「普通のコロッケもいいけど、これもまた」
一口は小さいが、あれよあれよという間にコロッケの山が低くなっていく。
口の周りに衣をつけてもお構いなし。幸せそうなホクホク顔でソースコロッケをモグモグした。
だいぶ減った所でもう一つ手に取ると、色が違うコロッケが紛れ込んでいるのを発見した。
「こ、これは……?」
震える手で恐る恐るそれに持ち替える。
それは茶色の衣でも黒茶の衣でもない、黄金に輝くコロッケだった。
「……なんてセレブなの」
その輝きに千鶴は魅入られた。
ソースコロッケ以上に得体のしれないコロッケだ。黄金のようで黄金ではなく、傾けると虹色に輝く。作りこまれたガラス細工の民芸品のように、美しく完成された光を放っていた。
これを自分の中に取り込みたい。という欲求が溢れて止まらなかった。
千鶴は口を開いて黄金のコロッケを
「食べないでーー!!」
突然の叫び声に正気を取り戻す。目線を上げると、長い部屋をコロッケが羽を羽ばたかせて飛んできて、あっと言う間にテーブルの上のソースコロッケを押しのけて着地した。
仁王立ちするのは、千鶴を誘拐してここに連れてきたクロケットだった。
「それ、食べてないよね?!」
「ええ。ま、まあ……」
言われて視線を黄金のコロッケに戻すと、吸い込まれるように口に持っていく。
「ニセ!」
「誰がニセレブですか!!」
その隙につけこんでウヨリは黄金のコロッケを奪い取った。
「ちょっと!」
立ち上がって抗議する千鶴を無視して、乗ってきたコロッケをソファーの下へ滑りこませる。まるで重さを感じさせない気軽さでソファーが持ち上がると、床にある排水口の鉄格子が現れた。そしてなんの躊躇もなく軽々と開けて入っていく。
「ついてきて! ここにいちゃ帰れないよ!」
千鶴が肩を怒らせて追うと、後ろで鉄格子が閉まった。コロッケがソファーを下ろして入り口を塞いだのだろう。
「おまちなさいこそ泥コロッケ! そのセレブリティーゴージャスコロッケはわたくしのですわよ! 返しなさい!」
「長老はメスムンバンカ様を返す方法なんて知らないんだ」
千鶴の怒りなどどうでもいいと、さっさと低く狭い通路を屈んで先を行くウヨリ。こすれて剥がれた衣が千鶴に降り注いでいく。
「ちょ、わっぷぷ、かかってる! かかってるから!」
「コレはこないだ僕がたまたま見つけたから回収してたんだ。こんなことに使わないで、部屋に飾っとく約束だったのに……ソースコロッケの中に忍ばせておいて、バクバクバクバク食べてたらいつの間にか食べちゃって、そのままソースコロッケ一色に変えるつもりだったんだ」
「バクバクってそんな食い意地はって……貴音さんよりは……じゃなくて! ちょっと待ってくださる? 話が良く見えませんわ。え? 帰れないのですか?」
「ミンナイッショにソースなんてダメだ。僕は、ソースじゃないあの子が――」
正気を取り戻しつつある千鶴に突然、警報が鳴り響き通路か赤く染まる。ウヨリがハッと首をあげると、コロッケ頭が天井に当たってひしゃげた。
「見つかった!?」
「違う、これは……」
ゴリゴリ衣を削りながらスピードを上げるウヨリ。程なくして通路の奥にたどり着き鉄格子を蹴破る。
そこは町外れの丘。上を見れば降りてきたはしごが。すぐにでも脱出できる安全地帯だった。
「メスムンバンカさ……貴様王国のクロケットか!」
敵意を向けられた衣まみれの人間が顔を拭う。ゴージャスな髪からバーゲンなつま先まで揚げたての衣にまみれていた。
「まだ人間ですわ」
ジト目になる千鶴にパラパラとなにかが頭に降ってきた。
「塩ふったのは誰よ!」
天井を睨むと粉が顔にかかった。その発生元を目を細めて見上げた。ドーム型の天井に、肉眼でもわかるほどの亀裂が、ピキ、ピキピキ。ピキピキピキピキ。
「見つかったんだ……」
轟音がドームの平和に終わりを告げた。
天井を形作っていた白米のデンプンによる強力な結合が軽々と崩れ去り、大粒の米瓦礫が町へ降り注いだ。ソースクロケット人が作り上げた建造物が倒壊していき、サクサクの衣へと帰っていく。
開いた穴からは空が顔を見せて、そこから王国のクロケット人が何十本ものロープやコロッケで飛行し降下してくる。
逃げ惑うソースクロケットの流れに逆らってフォークを持った衛兵たちが陣を組んだ。カリカリに揚げられた戦車もある。王国クロケットを迎え撃とうと、ソースクロケットが戦闘態勢を整えていく。
「早く行ってください! じきにに追っ手がくる」
背中を押されてはしごに手をかけさせられた。千鶴は丘の上から見えた光景に圧倒されて意識が上の空になっていた。
「でも貴方は」
「これを持って」
ウヨリが取り出して見せたのは黄金のコロッケ。目の色が変わる千鶴に気が付き、ウヨリは小型のコロッケ入れに輝きを閉じ込めて握らせた。
「ここを出たら南へ向かって。王国をこえるとキーエ遺跡がある。そこで待ってて」
高いところから見るとよく分かる。フォークとフォークが叩き合わされる音がそこかしこで鳴っている。
誰かが刺された。サクッ! 血の代わりに舞う透明な返り肉汁が刺した相手の衣にかかってテカテカに光った。
作品名:二階堂千鶴とゆかいなコロッケたち 作家名:誕生日おめでとう小説