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二階堂千鶴とゆかいなコロッケたち

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 王国もソースも関係なく混乱に支配された。それもそのはずだ。自分たちの闘う目的の1つである黄金のコロッケがとても食べられるような形ではなくなってしまったのだから。しかも目的のもう1つであるメスムンバンカの足によって。
 これでは全てのクロケットが王国クロケット人と同じ嗜好になる願いも、ソースクロケット人と同じ嗜好になる願いも、どちらの願いも叶えられなくなってしまう。
 決着がつかなくなってしまった。
《《こんなものなくたって、手っ取り早く支配する方法がありますわ》》
 その一声で千鶴の背後から二人のクロケットが姿をみせた。
 それは半かけになったウヨリとリエだ。手をつなぎ、空いている手には千鶴にセレブ斬りされたお互いの欠けた部分が握られている。
 自然と無数の注目がカップルに移る。
 二人は頷きあった。
《《御覧なさい。これが答えです》》
 そのメスムンバンカの声が聴こえないほどに、クロケットたちが絶句の声を上げた。
 ぶった切られた恋人の欠片を、お互いが食べあっていた。少しだけ躊躇したものの、胸のあたりで食べ始めている。途端に海が荒れた。
 阿鼻叫喚だ。敵対している側のコロッケを食べるなんて死罪にも匹敵する愚行。ヤジが飛び、石と米と青いキャンディが投げられ、今にも塔を駆け上がって二人を吊るし上げようとする荒れっぷりだった。
《《まだ二人が食べてるでしょうが!》》
 千鶴の喝にも反応しない。
 マズイですわ。このままじゃ、また始まっちゃう。
 チクチクと肌が痺れる。186メートルもある塔を怒りが登ってきて千鶴の肌を刺激する。
 まさに一触即発だった。いや、もう小さい爆発が起きている。誘爆を繰り返して大爆発するのには、720分も時間はいらないだろう。
 じわじわと恐怖がこみ上げてきて、千鶴は瞼を閉じてしまいたくなった。
 一人の顔が浮かぶ。
 助けて、見守って、分かち合って。選んで、育てて、頼られて。
 一緒に歩んでくれる人の顔が。

   
 うまい!
   

 場違いにも程がある明るくパッとした声。同時に怒りの熱が一気に引く程の衝撃的な言葉だった。
 ウヨリとリエはコロッケを食べながら嬉しそうに笑い合っている。
 王国のコロッケを食べたソースクロケット人も、ソースのコロッケを食べた王国クロケット人も、同じ喜びの言葉を発していた。
 コロッケはうまかったのだ。
 幸せそうなカップルとは対照的に、クロケットたちは言葉を失っていた。よほどショッキングな出来事だったのか。それとも、嵐の前の静けさなのか。
 それは反応を煽ってみなければわからない。
 ――――恐い。もう立っていられない。
 ここから逃げてしまえばどれだけラクなのでしょう。ここまでやったのだから、私にしてはよくやったわ。
 全くこういう時に限って、貴方はいないのだから…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………でも、私はセレブ。ゴールデンで派手でゴージャスでスパンコールでアバンギャルドで、憧れの目でみられる高貴なお嬢様。
《《オーッホッホッホッホッホ!!》》
 セレブなのですから、なんでもできますわ。
《《貴方達もしかして、恐いんですの?》》
 セレブは、怖がりでも臆病でも弱虫でもありませんわ。
《《声を失っている理由、わかっていますわよ》》
 震える手を隠して、抑えきれない涙の始まりを腕で拭った。
 私……わたくしは二階堂千鶴。
《《そんなにおいしいのならば――》》
 一流アイドルにしてセレブの、二階堂千鶴ですわ!

《《食べてみたいと思っているのでしょう!》》

 指をビシッとさして、高らかに言い放った。
 しかし、しんとしていて、何の反応も返ってこない。
《《そこの貴方も、そこの貴方も、そこの赤いバンダナの貴方も! 近くにいるコロッケに掛けあって食べさせてもらいなさい。きっとおいしいですわよ。わたくし? わたくしはもう食べさせて頂きましたわ。あー美味しかった。まだ口の中に残っていますわぁ。この味わい。このサクサク感。まさにわたくしに相応しい高貴な味でしたわぁ〜〜。はぁ〜〜、この味をしならいなんて、絶対に、絶対に、ぜぇええ〜〜〜〜ったいに! ソンですわ!》》
 藁をも掴む思いで畳み掛ける。ダメ押しでほっぺたが落ちそうなポーズをとってもみた。
 間が恐い。でも全力を尽くしてもう手が見つからなかった。千鶴は恐る恐る薄目を開けて、クロケットたちの顔を盗み見た。
 王国クロケットの一個がキョロキョロしていた。
 するとソースクロケットの一個と目と目が逢った。瞬間二人は歩み寄って、自分の頭らしきところを千切って差し出した。
 途端にクロケットたちが回りを取り囲んだ。フォークを構えて、その二人の成り行きを厳しい顔で見守る。流石に二人は二の足を踏んだ。
《《い、いいから食べちゃいなさいよォ!! おバカ〜〜〜〜!!》》
 千鶴のつんざく大声(やけになっている)に背中を押され、その拍子で口に放り込んだ。
 回りを囲むクロケットたちはモグモグしている様子に釘付けだった。フォークを構えている手が下がってきている。もしも下手な反応をしたら血祭りに上げてしまおうという魂胆だったのだろうが、意識がそれている。
 固唾を飲んでいる回りを尻目に、彼らは顔を見あわせて言った。

 ―――――― !

 肩を叩かれて、千鶴は硬く瞼を閉じていたことに気がついた。
 ウヨリとリエが興奮気味に何度も下を指さしている。困惑しつつ下を覗きこむと、そこには唸りを上げるクロケットの海があった。
 手に手をとって、自分の欠片を交換し合い、歓喜の唸りを上げる。
 王国もソースも関係ない。
 食べて、褒め合い、笑いあった。
 そして二種類に分かれているはずの何万ものクロケットからこぼれ落ちる言葉は1つだけ。
 うまい。
 千鶴はその光景を瞳に写し取ると、へなへなと尻餅をついた。
「や、やった。やったやったやったーー! うまくいきましたわ〜〜!! わたくしはやりましたわのよさ〜〜〜〜!!」
「メスムンバンカ様……」
 老人の声に千鶴は咳をして、子供のように喜んでいた居住まいを正した。
 長老が千鶴の側に立った。自ずと緊張が沸き上がってくる。
「なるほど。これが貴方様のおっしゃられていたことですか。ウヨリたちを切ったときは、気でも触れたのかと思いました。切られても死にはしませんが、肉汁がとんでそこら中がギトギトになってしまいます。だから良しとされていないのですが……メスムンバンカ様が知るわけありませんか」
 ごめんなさい、という言葉が出る前に長老が再び口を開く。
「何か1つ、貴方に言ってやろうと思っていたのですが……」
 その時飛行してくる物体Cが1つ。マントをはためかせながらコロッケに乗って、国王がとんできた。
 千鶴のためにこしらえられたステージに降り立つと、早足で長老に歩み寄る。