二階堂千鶴とゆかいなコロッケたち
クロケット国王の国王とソースクロケットの長。長年争い合ってきた2つの派閥を牛耳るものが同じ場所にいる。それなのに誰も気がついていなかった。クロケットたちのどんちゃん騒ぎは、歴史の節目などどうでもいいようだった。
国王はその光景をじっくりと見渡した。
「こんな簡単なことだったのだな」
満足そうに頷くと長老に向かいなおる。そして、自分の頭を掴むと悲鳴をあげてちぎり取った。
「また一緒に暮らそう。父さん」
長老はあふれだす涙を拭いもせずに、自分の頭を掴むと悲鳴をあげてちぎり取った。
お互いのコロッケを交換しあって、食べた。
笑顔がこぼれ落ちる。
千鶴は緊張を解くように、止めていた息を思い切り吐き出した。
「一件落着のようですわね……」
腰をあげようとしたが立ち上がれない。腰が抜けていた。恥ずかしがろうとしたが、誰も千鶴を見ていない。
……とりあえず笑っておきましょう。
「オーッホッホッホッホ!! オーーーーッホッホッホッホッ! ンノーーーーーーゴホッ、ゴホッゴホッゴホッ! ケホッ♪」
色々あったけれどみなさん喜んでいるようですし、よしとしましょう。
なんだか身体が軽いですわ。これが人助けする、ということなのでしょうか。
心なしか目線が高くなっている気がしますし。
その高みへ登っているわたくしに、皆さんが注目している! ああ、天にも昇る気持ちですわ!
「見ろ! メスムンバンカ様が!」
戦争の集結の瞬間にも目を向けなかったクロケットたちが口々にそれを指をさしていた。
千鶴は憧れの目で見られている気分だったので、高笑いするのに躍起になっていた。だから、雲の狭間からピンスポのように降り注ぐ黄金の光に包まれて、天に吸い込まれていくのに気がついていなかったのだった。
「黄金のコロッケを踏みつぶして咳き込む……それがゲードを開く合言葉だったんだ。知っていたんだね」
「メスムンバンカ様ありがとう!」
ウヨリとリエは手を硬く結んで、登っていく千鶴を見上げた。
オーーッホッホッホッホッホ……オーーッホッホッホッホッホ……。
クロケットの茶色と黒のコントラストがうねりを上げて100万のありがとうになり、二階堂千鶴を押し上げていく。
神々しい光が翼を授けて、その姿はゴージャスフィーバーしていて、これ以上無いくらいに黄金に輝いていた。
しかし千鶴はその沢山のありがとうに気がついていない。気分がいいから。
ありがとうォ! ありがとぉおお!
激しく咳き込むと、空の彼方へ吸い込まれていった。
▽
急な揺れにビクリとして手すりにおデコをぶつけた。空気を吐き出して開いたドアに人の流れができている。何も考えずにそれにのった。
リムジンの外へでると同時にドアが閉まる。間一髪だった。でも焦った。
「ここは!?」
小汚いコンクリートばりの駅のホームだった。駅名プレートには《いつもの駅》。降りるべき駅だった。
エスカレーターに吸い込まれていく人並みの中で、千鶴は呆然と立ち尽くした。
服を触ってみても破れているわけでも油で汚れているわけでもないし、あのサクッとジューシーな揚げたてな香りもしない。ホーム備え付けの時計をみると、目的の時刻についていた。
(疲れてはおりましたが、まさかここまでとは。それにお腹も……)
朝ごはんを食べていない空腹に意識を集中させて、首を傾げた。お腹がカラカラで締め付けられる感じがない。
あれ? もう一度確認する前に、先を急ぐ仕事人と肩がぶつかった。出勤ラッシュのホームで突っ立っている人間はじゃまでしか無い。
(そうだわたくしも急がなきゃ!)と一歩踏み出したがカクンと膝が折れた。
細かく震えている。そうして跪いていると、そうさせる感情の正体がムクムクと胸の中で膨れ上がってきた。
感情に支配されるより先に、千鶴はキッと瞳を鋭く尖らせた。
荒々しく立ち上がり、肩を怒らせて早歩きすると、数分もしない内に事務所のドアノブを回していた。
二階堂千鶴のプロデューサーが振り返った。
「お。おはようチズッ、!?」
朝の挨拶が途中で止まった。それは千鶴が早足で一直線にプロデューサーに詰め寄ると、ポカンとパンチをお見舞いしたからだ。
「な、なんだなんだ!?」
腰の入っていないぽかぽかパンチが胸板を叩く。目に見えてプロデューサーは混乱していた。
「落ち着け千鶴! 落ち着けって!」
「どうしてプロデューサーは、必要なときに、いないのですか!」
「え? あ呼んだのか? 千鶴公衆電話だから番号がさ……」
「わたくしが一体、どんな……どんな思いをしてたか!」
鬱憤を晴らすように何度もポコポコする。といっても強くないからそのまま受け止められていた。
怒りともつかないその拳をプロデューサーが捕まえた。
思わず目が会う。真剣な顔。
「ちゃんと話してくれ。次、なんて言葉使いたくないが、次は絶対に何があっても駆けつける」
「……それならば、夢の中に来てくださいませんか」
「えどうして夢なんだ?」
首をかしげるプロデューサー。その問に千鶴は真っ直ぐな瞳で見つめるばかりだ。
少し考えるような仕草をした。
「夢のなかはハードルが高いな」
千鶴はため息をついて、自嘲的な笑みを浮かべた。
なぜ駄々こねているのでしょうか。そんなの無理に決まっていますわ。
「よし、一緒に住もう」
「ええ!?」
突飛な言葉に千鶴が目を丸くするが、プロデューサーは当然のことのように続ける。
「夢ってのは記憶を整理するときにみるものだって聞いたことがある。オレが今以上に千鶴につきっきりになれば、一日中オレが千鶴の記憶の何処かに入り込めるということだ。そうなればオレが夢に出てくる確率が爆発的にあがる。すごい! 我ながらイイ提案だ! YES!YES!YES!」
「レッツシャイン! ッじゃなくて!」千鶴は掴まれている腕を振り払った。「一緒に住むなんて、そんな、ど、同棲みたいなこと……!」
熱くなるのを感じながら全力で抗議した。
(もしかして……わたくしの家に!? それはなんとしてでも阻止しなければ! 家だけは絶対知られるわけには……)
「あ、それはものの例えだけどな」
「……そんなこと言われなくてもわかっていましひゃわ」
「でも半分本気だ」
顔をあげる。一切の淀みもなく言い切った。
「それで千鶴が安心してくれるなら、オレはなんだってするよ。千鶴が嫌だと言ってもだ。二階堂千鶴は、オレたちの大事なアイドルだからな」
そう言うとわざとらしくオーバーな動きでビシッと指をさす。千鶴のマネだ。ふざけているようにしか見えない。
千鶴はプロデューサーを避けるように顔を伏せてしまった。
「……ふふふ」
ぐんと胸をはって、強気な笑みをうかべた。
「殊勝な心がけですわね。でも、一流のアイドルであるわたくしのプロデューサーとしてはまだまだ、高貴さが足りていませんわ!」
ビシッと指を突きつけた。
「なんですかその服装は! 髪は寝癖だらけだし、ネクタイも、ほら!」
プロデューサーの胸元の曲がったネクタイを正し襟を手際よく直した。
「す、すまん。泊まりだったから……」頭をかくプロデューサー。
作品名:二階堂千鶴とゆかいなコロッケたち 作家名:誕生日おめでとう小説