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敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目

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南へと。あの太陽が巡る線が黄道で、赤道があの水平のずっと向こうにあるのなら――その先にあるのは宇宙だ。そう思った。緯線を越えて南へ行く。30、20、10度と南へ。太陽が遂に頭上を越えて、後ろに仰ぎ見るようになる。それが黄道を越えるときだ。それでも南へ。ひたすら南へ。北緯5、4、3、2、1……。

遂に赤道を越えたとき、そこに宇宙があるだろう。北半球では決して見れない夜空がそこにあるだろう。天の河銀河の中心部と、南十字星があり、大マゼランと小マゼランのふたつの星雲があるだろう。波に揺られてそれを見上げる。後は舟の帆を翼に変えて、ニューギニアの山脈を越え、その小さな星雲が大きく見えるようになるまで星の海を進んで行けば――。

そうだ。太陽系を出る。マゼランという雲を目指す。それを意味する合言葉は、〈赤道を越える〉でなければならない。〈黄道〉では南へ行く感じがしない。

「今は休んではいられません」山本が言った。「〈ヤマト〉が一日遅れるごとに人が大勢死ぬのですから。〈滅亡の日〉など本当はとうの昔に過ぎていて、急がなければ今いる人を救けられる望みが消えていくのですから。それを思えばゆっくりなどできないはずです」

「まあな」

と言った。特にここ数日は、クルーが石崎首相だの原口都知事だのの話でいがみ合っているのも知ってる。なんとかしないとあんなやつらが力をつけて、とかなんとか――誰もおれには政治の話なんか振ってこないから、付き合わされず済んでいるけど、

「だったらサッサと〈赤道〉でもなんでも越えてマゼランへ向かえばいいじゃないか」

「冥王星については別です。あの星だけは叩かなければ、地球に未来はありません」

「まあな」とまた言った。「そうかもしれないけど」

しかし思った。山本は自分の頭で考えて今の言葉を言ったのかどうか――役者がセリフを言うように、いや、それどころか、アニメの声優が画(え)に合わせて台本の文字を読むようにして、決まった文句を決まった調子で声にしているだけなんじゃないのか。頭では何も考えていないから、どんなことでも歌を詠むように言えてしまえる。常人なら恥ずかしくてとても口にできないことでも、プロに徹して恥に思わず恥ずかしい声を作ってアフレコできるし、どんな勇ましいことでも言える。『ワタシは戦う』と。どうせ録音スタジオを出たら、頭にあるのは次の仕事だけなのだから……。

銃を取って戦場に行けばタマに当たって自分が死ぬかも、とは決して考えない。アニメやゲームのキャラクターはそういうものだ。プロデューサーから『キミは絶対に死なないからネ』と保証されてる者だけが言えるセリフを平然と叩く。それで自分が正しいのだから、逆らう者は許さないと叫び立てる。なるほど石崎や原口というのは、安易な造りの幼稚なアニメを卒業できずに大人になった者なのだろう。それで自分はプロのつもりで、確かにそれがプロなのだろう。そこにいる山本も間違いなくプロだった。だが対するにおれはどうだ。とても最後まで生かしてもらえるキャラと自分で思えない。

古代は医務室の天井を見上げ、それからまわりを見回した。このとんでもない船の中で、どうしておれがメインキャラ? こんなの、プロが商業制作するドラマでは、あり得ないとしか思えない。この〈ヤマト〉の中にいて、おれがプロの航空隊隊長になどなれるわけがない。

ベッドに寝転がったまま、また真上を見上げて思った。この上には艦橋があって、そのてっぺんに艦長室。あの艦長はほんとに何を考えて、おれを隊長なんかにしたんだ。まさか今日一日で、おれをプロにできるとか考えているわけじゃあるまい。一体どういうつもりなんだか……。

このベッドも今は仕切りで囲まれてるが、敵と戦うことになればこんなものはとっぱらわれる。そう造られているのがわかる。何十ものベッドはたちまちケガ人で埋まり、床にまで転がって、寝かす場所などどこにもないのにそれでも運ばれてくるのかもしれない。医務室じゅうが血で染まり、呻(うめ)き声に満たされて、母や我が子や恋人の名を呼ぶ声が響き渡る。なかには腕のちぎれた者や、腸(はらわた)を飛び出させた者や、目を失くして黒い眼窩に血を溢(あふ)れさせた者が――。

戦争で軍艦が戦うとはそういうことだろう。あの佐渡という医者も、そういう光景を見てきたのだろう。それで少しおかしくなってしまっているのかもしれない。でなきゃやってられないのかも。あの先生は、おれは脚がちぎれても這って戦う男だなんて言っていたが……。

冗談じゃない。あの言葉が本当か試すことになるのはごめんだ。今の医療技術であれば、たとえ手足を失くしてもサイボーグ義手や義足で特に不自由は感じずに生活できるようになるとも聞くが。

この〈ヤマト〉の医務室もそのテの設備は充実していることだろう。よほどのことがない限り、大ケガしても一、二ヶ月で動けるようになるのだろうが。

山本を見る。バイク乗りのツナギのようなパイロットスーツ。体の線も顕(あらわ)だが、女らしさは微塵もない。手袋を取ったところも見たことがない。首から下は、女の形をした機械人形なのではないかという気さえする。髪に隠れている方の目は、サイボーグ義眼なんじゃないかとさえ思う。

それが口を開いて言った。「先ほどは申し訳ありませんでした」

「は? なんだよ」

「あの訓練です。わたしを狙っていたうちの一機が向きを変え、隊長に攻撃を仕掛けるのを、わたしは止められませんでした」

「ハン」と言った。「あれはどうせ最初から、あいつらそういう気だったんだろ」

「だとしたらなおさらです。わたしには隊長を護る義務があります」

「やめとけよ。早死にするだけだ」

「隊長はあのときもそうおっしゃられました」

「ん?」と言った。身に覚えのない話だ。「ええと、いつだ? おれは別にそんなこと――」

「すみません」少しうろたえた調子で言った。「今のは、〈坂井隊長は〉という意味です。〈七四式〉を護って殉(じゅん)じられたとき、わたしには『ついて来るな』と言われました。わたしはあのとき命令に従い、高いところから見ているしかありませんでした」

「ふうん」

あのときの光景が、頭の中に蘇った。〈がんもどき〉を救けるために、ガミラスの無人戦闘機に突っ込んだ銀色の戦闘機。この〈ヤマト〉で〈アルファー・ワン〉と呼ばれるはずだった本来の〈ゼロ〉。

山本は言う。「あのとき、坂井一尉はドローンを追って急降下されました。後で機体を起こせずに地面に墜落することになると承知の上でです。〈ゼロ〉の降下制限速度を超えるダイブでした。あの速度では照準を付ける間もなく一瞬で的(まと)を通り越してしまう。ですから、あのとき坂井一尉は、敵に突っ込むしかなかった――」

90度の衝撃降下か。それは古代にも想像はできた。ガタガタと機体は揺れて、空中分解寸前となる。ビームの照準も定まらず、舵ももはや言うことは聞かない。それでもひたすら敵を見据え、体当たりを喰らわせる――。