敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目
肉を斬らせて骨を断つ
森はひとり、艦橋裏の小展望室にいた。窓には宇宙。半日前にこの部屋で見たのとほとんど変わらぬ星の海が広がっている。
真田の話で会議は終わり、解散となった。〈ヤマト〉は十二時間以内に冥王星にワープすると言う。敵の避難を見届け次第ということだ。それまで各自、準備を整え、作戦に備えて休息を取れ――そう申し渡された。今日は一体、なんと長い一日だろうと森は思った。半日前には何も決まっていなかったのに、明日は人類の運命を懸けた作戦が実施されてしまう。
真田は敵にわざとビームで〈ヤマト〉を狙い撃たせると言った。ビームは多少、磁場や重力の影響で曲がることもあるとは言え、基本的にはまっすぐ進む。敵が撃つなら砲台がどこにあるかは一目瞭然だ。眼で見て位置を確かめてしまえば、応戦法も見つかるだろうし、死角も求めやすくなると。
問題は、わざと撃たせて当たったら〈ヤマト〉はおしまいと言うことだ――敵のビームは間違いなく、直撃すれば〈ヤマト〉を大破させる威力を持っているのだろうから。
「撃たさなければ砲台の位置はわからない。しかし撃たれたら〈ヤマト〉は沈む。このジレンマをどうするかだが……」
と、先ほどの会議の中で真田は言った。一瞬、何かすごい防御法でもあるのかしらと森は思った。〈ヤマト〉の周りに磁場のバリアを張り巡らせてビームを曲げてハネ退けるとか、マイクロ・ブラックホールを作ってビームを吸い込ませてしまうとか……しかしそんなことはなかった。次に真田が言ったのはア然とするような言葉だった。
「なんとかして躱すんだ。それしかない」
室内に重苦しい沈黙が流れた。第二艦橋の人工重力装置が一瞬故障したか、酸素供給が止まったかのようだった。
「ええと……」と太田が言った。「『躱す』と言いましても……」
「難しいのはわかっている。だがやりようがないわけではない」
「そりゃ確かにそうですが……」
森も思った。確かにそうだ。ビームを躱すのはできなくはない。ないけど、できないも同然だ。とてもとてもとてもとてもとてもとても難しい。とりわけ、敵が待ち構え、ここぞというときを狙って撃つなら、ビームを躱すのは不可能に近い。とってもとっても難しいことなのだ。
光は光速で進むのだから、敵が光線を発してそれがこちらに見えたときが届いたときだ。だから普通は避けられない。しかし今の地球には超光速レーダー技術があるため、敵のビームをそれが届いたときでなく、放ったときに探知することが可能である。それが命中するまでに、タイムラグが生まれるのだ。
宇宙船は一秒間に百キロも進む。これをほんの0.1パーセント、速くか遅くしてやるだけで、うまくすればビームは船の前か後ろをかすめ抜けてくれることになる。敵は船を直接狙って撃つのではなく、未来位置をめがけて撃つのだ。加えてビームは光速まんまではなくて、何割引きかの亜光速。だからビームを避けるのは、できなくなくはないのだが、野球選手にピッチャーの投げるデッドボールを跳んで避けろと言うのに等しい。
「事は条件次第なのだ。うまくすれば避けられる」
真田は言った。森には特に自分に向かって言ってるように感じられた。レーダーその他のオペレーターである自分は、敵がビームを撃ってくるならそれを探知する役だ。つまり自分が素早く動けるかどうかに、〈ヤマト〉がビームを避けられるかがかかってくる。
「ビームを見れば砲台がどこにあるかが自(おの)ずとわかる。それは敵も知っているから、簡単に避けてしまえる位置の〈ヤマト〉は狙わぬだろう。敵は一撃必中を狙う。『いま撃つならば〈ヤマト〉は決して躱せない』という、そのタイミングを見定め撃とうとするはずだ」
太田がまた言う。「そうでしょう。だから……」
「だから避けるのはより難しい。もちろんそうだが、ひとつこちらにも強みがある。やつらはそもそもどうしてわざわざ〈ヤマト〉を誘い、冥王星で戦おうとするのだ? 波動砲が怖いからだろう。敵は〈ヤマト〉が〈ワープ・波動砲・またワープ〉と連続してできないことに確信が持てない。〈ヤマト〉にそれができるようなら自分達はおしまいだ、と考えるしかないのだ」
第二艦橋の重力や空気が元に戻り始めた。この副長兼技師長はまったく何も考えずにしゃべっているわけではないらしいと機械も認めたのか。
「どういうことですか」と太田。
「簡単だ。たとえビームを撃たれてもなんとか躱せる位置に着き、〈ヤマト〉の艦首を冥王星に向けてやる。それで敵には波動砲をぶっぱなそうとしているように見えるだろう。やつらは一撃必中にならないとわかっていても〈ヤマト〉めがけて撃つしかない」
「それで、砲台の位置もわかる……」
「そうだ。完全な回避はできなかったとしても、直撃さえ躱せれば損害は軽微で済むだろう。肉を斬らせて骨を断つというような勝負になってしまうかもしれん。しかし、他に策はない」
……と言うわけだった。真田の狙い通りに行けば、たとえ躱しきれなくても〈ヤマト〉の沈没は避けられる。それにはレーダー手の自分だ。わたしがビームを躱すのだ……考えると森は恐ろしくてならなかった。
レーダー画面をただ見ていれば、ここからビームが来ますよとコンピュータが教えてくれるというものではない。医者がレントゲン写真やCTスキャンの画像を調べるような眼で、モヤモヤとはっきりしない像の中からノイズをかき分け、意味する情報を掴み取るのだ。ビームを見てもすぐにはそれとわからないかもしれない。ならば、一瞬後には〈ヤマト〉が到底回避不能な距離に近づいてしまっていて、直撃を受けることになる。
そうなったらおしまいだ。〈ヤマト〉が沈むか戦えるか、まずはわたしにかかっていると言うことだ。地球人類すべての命も……森は重圧に押し潰されそうになるのを感じた。わたしがひとつしくじっただけで十億が死ぬ。こんな恐ろしい話があるか。
コンピュータがビームの接近を警告してくれるのならば自分は要らない。〈ヤマト〉を加速か減速させればビームは前か後ろにそれる。島がどちらにするかを決めてレバーを動かすだけでいいのだ。しかしそうはいかないから自分がレーダーを見据えねばならない。神経をすり減らしながら……。
いいや、元より、オペレーターとはそういうものだ。艦橋内でも一瞬も気の抜けない重労働だ。普段から船の運行を管理するため艦橋に立ち、レーダーを見張る。ために本来、戦闘要員ではないはずなのに戦闘では、そんな任務も負わねばならない――それが船務科員だというのはわかっていても、どうしてここまで働かされなきゃいけないのかという思いを感じずいられなかった。戦闘時のレーダーなんて誰か専門に見る者が他にいてもいいはずでは?
いいや、それは、言ってはいけないことなのだろう。けれど――と、展望室の窓を眺めて森は思った。どうしてわたしが地球人類の命運を背負わされなきゃならないのだろう。レーダー係がどうとかいうだけでない。なぜわたしが人のために働かなければならないのだろう。地球で何もいいことなんかなかったのに。カルトの子供として生まれて、地球なんてなくなっていい、人類なんかみな死んでいい、ずっとずっとそう言われて育ってきた人間なのに。
作品名:敵中横断二九六千光年2 ゴルディオンの結び目 作家名:島田信之