王宮のソナタ
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「貴きカイン様にお目通り叶いまして――」
あれから数日後。隣国からの使者が、謁見の間でカインに傅いていた。堂々としたカインの受け答えに少しだけ誇らしい気持ちになる。元々こういう国政の場に居合わせる女性は王妃くらいなものなのだけれど、カインはまだ結婚していないので、私は目立たぬようひっそりと立っていた。教育補佐として見守らなければならないと、叔父のオースティンから言われている為だ。無論、そのようなことを言われなくても、私はいつもカインの側にいるつもりでいるのだけれど。
貿易や産業、軍事と次々に上る話題に対し、カインもそれぞれに国としての答えと個人としての考えを述べて、使者に対抗する。使者とて国を背負ってきている、いわば厳選された交渉人なのだろうけれど、カインの確固たる意志に望む答えは導き出せなかったようだ。
「しかし、それでは……オースティン様! エドガー様!」
縋るように向けられた使者の視線が、カインの脇に控える二人に向けられた。私もその視線を追ってエドガーを見遣る。エドガーはついと一歩前に出ると、朗とした声で告げた。
「次期国王となられる、カイン王子が申し上げている事ならば、それがこの国の答えと思って頂いて間違いない。諦められよ」
その瞬間、項垂れた使者は苦虫を噛み潰したようなひどく歪んだ表情を見せた。ゾクリと背が粟立つ。人から向けられる悪意には慣れているつもりだったが、カインに向けられたそれは視線だけで人が殺せてしまうのではと思う程の殺意に見えた。
「カイン」
だから、退出しようとするカインの脇に立ち、自分の身体で使者からの視線を遮った。そっと手を握ると、温かく握りかえされる。
「大丈夫だよ、姉上」
ふわりと微笑まれて、それだけで安堵する自分が、姉として情けないと思いつつ、カインが頼もしく見えて嬉しかった。
手を繋いだまま廊下に出ると、背後にエドガーがいた。カインと一緒に謁見の間を退室してきたらしい。
実はあんな事があって以来、私はエドガーとまともに会話したことがなかった。カインの勉強の時は仕方なく付き添っているけれど、本当は顔を見ることすら苦しい。
あからさまに避ける素振りをする私を、エドガーも気付いているのか、一定の距離以上近づこうとしない。あんな取引を持ちかけておいて何もしないなんて、とは思うけれど、まさか自分からエドガーの所に行くわけにもいかなくて、正直どうしたらいいのか分からなかった。
「カイン、お前がハインツ王の遺志を継ぐというなら、やってみるが良い」
エドガーはそう言い残すと、私を一瞥もせず背を向けて行ってしまう。
エドガーの考えていることが全く分からない。どうしてか不安で心細く思えて、無意識のうちにカインの手を握りしめていた。
「姉上?」
「あ、ごめんなさい。痛かった?」
「いや、それは大丈夫だけど。そんなに怖かった?」
カインは先程の使者のことと勘違いしているようだ。それはそれで有り難い。カインにエドガーとの取引のことを知られてはいけない。あれは私の胸の中だけに留めておくべき事柄だ。
「少し、ね。もう大丈夫」
微笑むと同じように微笑み返される。もう二度とこの笑顔を失いたくはない。