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王宮のソナタ

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*――*――*――*――*

 次の日、私はカインの付き添いを休んだ。溜まっていた疲労と、昨日の使者の毒気に当てられた影響とで、朝から気分がすぐれなかった為だ。心配したジークが薬湯を持ってきてくれて、それを飲んでゆっくり眠ったら、午後には随分と楽になっていた。元気になるとベッドの中ではもの足らなくなって、カインが勉強しているアストラッドの所へ行ってみようと、部屋を抜け出して、一人王宮内を歩いていた。
 供の者はいない。王宮内から出る予定もなかったし、何より昼間なら如何に広い王宮内でも必ずどこかに人の気配がある。ずっと王宮内で暮らしている安心感から、私は油断していた。今の王宮内には部外者の存在があるということを、失念していたのだ。
「!」
 その事に、気が付いた時にはすでに遅く。私は声が漏れないように口を押さえられたまま、近くの小部屋に引きずり込まれていた。部屋の奥へと投げ出され、両手をついて顔を上げる。陽光が降り注ぐ廊下から、薄暗い部屋に突然移されて、何もかもがぼんやりと霞んだ世界だったけれど、こんな事をする人間が許せなくて、辛うじて見える人影を睨み付けた。
「おー怖い怖い。キツイねぇ、お姫様」
 声音には聞き覚えがある。次第になれてきた目に映ったのは、昨日、カインに謁見した隣国の使者だった。ただ、纏う雰囲気は昨日と全く違い、使者というよりは街のチンピラという感じだ。
「こんな事をして、ただですむと思っているのですか」
「ただじゃあ、済まないでしょうねぇ」
 ヒヒヒと下卑た嗤いを浮かべる男に、寒気がする。一歩ずつ歩み寄ってくる男との距離を取ろうと後退るが、小さい部屋のこと、すぐ行き詰まった。
「……今まではずっと順調に来てたのに、王子様になってから、こちとら商売あがったりだ。オースティン様もエドガー様も、あんな小僧の言いなりになって、情けねえ」
 男は私に覆い被さるように壁に手を付いた。そして、ゆっくりと顔を近づけてくる。吐かれた息がひどく酒臭い。男を押しのけようとした両手が、逆につかみ取られてしまい、頭の上で壁に縫いつけられ、身動きが取れなくなる。そこでやっと、自分が置かれている状況が最悪であることを理解した。
「離しなさいっ」
「あんたか? あんたがこの身体であの二人を篭絡したのか?」
 そう言いながら、男の手が私の胸を掴んだ。あまりの痛さに目がくらむ。それでも、なんとか気力を奮い立たせて、相手を睨み付けた。
「――っ、侮辱は、許しません」
 何とか逃げようともがいても、頭上で押さえつけられた両手はびくともせず、まるであの夜のようだと絶望的になった。相手はエドガーではなく、しかも敵意に満ちている。そう思うと、エドガーは無理矢理ではあったけれど、優しかったのだと改めて認識させられた。
「どれほど悦いのか、確かめさせてもらいますよ。あの二人が溺れる程だ。愉しませてもらえるのでしょうね」
 胸を掴んでいた男の手が、身体の線をなぞって下りていく。これから自分の身に降りかかる出来事を予測して、足をばたつかせたが、スカートの裾がまくり上がるだけだ。そして、それはこの男を悦ばせるだけでしかない。
「やめ――っ、離して!」
「白い肌だ……さすが、お姫様。下々の者とは違いますな」
 足の間に身体を割り込ませ、私の動きを封じてしまった男は、露わになった太股に触れてきた。嫌悪感が一層つのる。喉の奥が引きつってしまって、上手く声が出せない。男の手がゆっくりと太股を上がっていく。一緒にスカートもたくし上げられていった。
 あの夜はどうだった? エドガーの手をこんな風に気持ち悪いと思っただろうか。それ以前に、何故拒否しなかったのか。カインを守る為? 本当にそれだけだったのか――。
「……イヤ」
 男に首筋を舐められた。衝撃にゾッとする。怖かった。あの夜とは比べものにならない程に。そして、気付く。自分がエドガーを避けていた本当の理由に。
「嫌ああああっ!」
 男の手が私の中心に触れて、そのあまりのおぞましさに悲鳴を上げた。最後の抵抗とばかりに全身をばたつかせる。声をあげながらの必死の抵抗に、男は苛ついたようで、私の口を塞ごうとハンカチを押し込んできた、その時だった。
「姫っ!」
 ドアの開く音と共に、聞き慣れた声がした。金の髪に翡翠の瞳。
「ひぃ、エドガー様!」
「貴様、姫に何を!」
 すかさず抜刀して男に迫るエドガー。彼の鬼気迫る姿に圧倒され、硬直してしまった男を見て、その下からやっとの思いで這い出た。エドガーはそんな私の様子に無事だと悟ったのだろう。男を見下ろして告げる。
「この場に来たのが俺で良かったな。カイン王子だったなら、問答無用で切り捨てられていただろう。分かったら、さっさと失せろ」
「うあ、ああ、あ……」
 男は今更ながらに事の重大さに気が付いたようだ。慌てて逃げ出そうにも、腰が抜けてしまったのか、立つことが出来ずもがいている。何度か手で宙をかいてから、四つん這いになって部屋から出て行った。
 男の姿が見えなくなって、そこでやっと息を吐いた。まだ、身体が震えている。両手で自分自身をかき抱いて、見上げるとエドガーもこちらを見つめていた。
「あ、ありがとう、エドガー。でも、どうしてここが?」
「普段から、一人で出歩くなと言われているのだろう? エミリオからの報せを受けて探していたのだ。まったく、お前は王族のくせに、隙がありすぎる。だからあんな輩に付け入られるのだ」
「ごめんなさい」
 視線を合わさずにエドガーはそう捲し立てた。言うことはもっともなので、反論は出来ない。俯いたままじっとしていると、エドガーもずっと佇んだままだった。すぐに部屋を出て行くと思っていたので、少しびっくりする。まだ心細い気持ちが抜けきらなかった私は、他人の温もりを得たくて、エドガーに向けて片手を挙げた。
「ねぇ、エドガー。立つのに手を貸してくれないかしら?」
 エドガーは少し逡巡した後、ゆっくりと近づいて私の手を取った。温かい大きな手だった。
「使いの者を呼んでこよう」
「待って」
 私を立たせるとすぐに手を離して、立ち去ろうとするエドガーの服の裾を辛うじて掴んだ。
「どうして、私を避けるの?」
 そう、あの夜から避けていたのは私だけではない。エドガーも私を避けていたのだ。ずっと不思議に思っていた。カインの勉強で彼の執務室を訪れる以外に、エドガーと顔を合わせることが全く無くなってしまったことを。
「……俺は、あの男と同じだ。お前に合わせる顔など無い」
 ポツリと吐き捨てるように呟いたエドガーは、ひどく苦しそうだった。いつも輝いている金の髪も、どことなくくすんで見える。
「あの人とあなたは違うわ」
「違わぬ。嫌がるお前を無理矢理組み敷いた。ああ、違う点があるとするならば、さっきは未遂だったというだけだ」
 横から見えるエドガーの口元に自嘲的な笑みが浮かんでいた。普段から己を高いところに置き、誰よりも自尊心の強い人間が、私の前でこんなにも自身を貶める様に、徐々に怒りが込み上げてくる。
「違う! だって、エドガーは言ってくれたもの。ねぇ、あの言葉は嘘だったというの?」
作品名:王宮のソナタ 作家名:aqua*