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彗クロ 5

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 示されたのは、章題とおぼしき一文の、装飾的に強調された単語だった。一瞬意味を取り損ね、まじまじ見直してもやはり意味が入ってこない。見たこともない綴りなのに、しかし異常に既視感があるような気が……
「なん……て読むんだ?」
「えっ」
「あれー。古代イスパニア語じゃん」
 レグルのさらに頭上から、いつの間にか背後に立っていたフローリアンが本を覗き込んで言った。レグルは、おお、と納得の声を漏らした。
「なんかそれ聞いたことある。大昔の言葉なんだっけか」
「フォニック語の原型になった言語だよん。文字は同じだし文法も似てるんだけど、読み方がぜんぜん違うってゆう、超ややこしーやつ。あと何かと短縮したがりで、縮め方がまたひっどいの。ほとんどスラング」
「おまえ読めんの?」
「ムリムリ。ちょっと慣れればすらすらわかるようになるっていうけど、慣れるまでもたなかったもん。けっこー丸暗記必須だったりすんだー。ボク座学ちょーニガテだしぃ。ま、専門家でもなければ特に覚える必要もないしねー」
「ふーん。けど、ルークは読めんのか。……ルーク?」
 再び見返ったルークの様子は、明らかにおかしかった。章題に固定されたままの視線には、かつてない動揺がある。フローリアンも気づいたらしく、首を傾けてルークの顔を覗き込んだ。
「ルーク、どっかしたー?」
「なにも。なんでもない」
 反論は思いのほか素早く、いっそ明瞭すぎて取り付く島がないほどだった。
 ……青い顔をして、それはないだろう。レグルは思わずフローリアンと顔を見合わせた。そしてかける言葉を探りつつ、ルークを振り返ろうとした瞬間、不自然な振動が足下から突き上げた。馬車が急停止をかけたらしい。
「――ルーク! フローリアン! 出番だよ」
 御者台からアゲイトの声が飛び込んだ。バチカルからの道すがら、何度か聞いた緊急の呼び出しだ。崩れた姿勢を起こしつつ、フローリアンとレグルは各々に不平を返した。
「えーっ!? こんなとこでぇ?」
「つーかおれも呼べっつの!!」
 文句を垂れつつもあっという間に幌の向こうに姿を消したフローリアンに、負けじとレグルも後尾へと駆けだそうとして、ふと、座り込んだままのルークを振り返った。
 完全なフリーズ状態だった。ずいぶんと久々に思えて、不安もひときわだ。
 おそらくアゲイトは主にルークの戦力を頼みに呼びつけたのだろうが……どう考えても、この状態のルークを表に出すわけにはいかない。レグルは意を決して、握り拳を作った。
「すぐに片づけてくっからな! ルークはここから出んなよ!」
 言ったきり、答えは聞かずに飛び出した。――ようやく守れるのだ。そんな筋違いな昂揚が脳裏をかすめ、しかし外に出た瞬間にあっさり吹っ飛んだ。
 ――田園風景のど真ん中に、不釣り合いな小山が、でんとひとつ。
 おろしたての高級絨毯のような黒の毛皮。全体を彩る禍々しい装飾線はどぎつい真紅。隆々たる筋骨は全身にえげつないまでの見事な起伏を作りだす。上背は、四つ足の状態でも、周囲に見える平屋の屋根よりも高い。まだまだ青々と若い、豊穣の絨毯を無惨に踏みつけ佇む姿は、傍若無人にして、暴虐。
 ゆらり。小山が、前肢の機能を放棄し、二足で立ち上がる。そうしてしまえばもはや、あたかも一枚の大壁だった。
「――んな……ッにアレーーーー!?」
 素っ頓狂なフローリアンの悲鳴が、陽気な晴天を谺した。
 黒い隆起を取り巻いていた巨大な譜陣が、涼やかな破砕音を散らしながら霧散する。
 薄く長い吐息を霧のごとくたなびかせ、大壁は首を回した。
 凶暴な獣の形をした横顔の中央で、濁りきった瞳が、赤々と燃えた。

作品名:彗クロ 5 作家名:朝脱走犯