彗クロ 5
――咆哮が轟いた。胸を反らして鬱積したものを天へと吐き出しきった怪物は、次の瞬間、靄と谺を置き去りにして突進を開始した。水田の泥に二足を取られながらも、思いがけない機敏さでアゲイトに迫り来る。荒々しく大地を乱し、地鳴りをたてる。アゲイトは焦らない。風圧さえまとって見える黒い眉間に照準を合わせ、呼吸以外の動作を殺す。怪物の形をした暴力が一つ覚えの蹄拳を繰り出そうと振りかぶった、その瞬間に至るまで。
「――フローリアン!!」
待ちに待っていたとばかり、アゲイトの一声が凛と空気を貫いた時にはすでに、フローリアンの痩身が信じられない高さにまで跳躍していた。蹄を振りかぶる怪物のさらに背後で、無防備な後頭部めがけて、第三音素の風をまとった蹴りが振りかぶられる。
「やろーてめー……」
変声期終盤の、お決まりの口上に凶悪な気合いが籠められるのに合わせて、譜銃の引き金にかけられた食指に力が入る。
「ぶっ、ころーすッ!!」
眉間の着弾と脳天のかかと落としは、ほぼ同時に決まった。