あゆと当麻~命の光~
「命ってすごいよね。私、当麻の命の光、みたいなもの見たの。戻ってくるときに。それを道しるべにしたらもどってこれた。とっても綺麗だった。見たこともないような真っ青なブルーだった。皆、一人一人きっと違う光を持っているんだろうね。それで思った。私はこの光を大事にするために生きてるんだって。だからめいいっぱい大事にすることにしたの。もちろん、自分の命の光も大事にしようって、思ったよ。結構大変な経験だったけど、きっと必要なことだったんだね」
亜由美が半ば自分に言い聞かせる様に語る。
「お前の命の光・・・どんな色だろうな・・・」
当麻が亜由美の胸に頭を預けたまま言う。
亜由美がうーんと考え込む。
「黒・・・かな?」
ぽつりと亜由美が答える。罪深い自分の命の色はきっと闇の色に近いに違いない。
亜由美の顔に自嘲めいた表情が浮かぶ。表情を見られなくて良かった、と亜由美は思う。その答えに当麻が首を振る。
「きっと太陽みたいにきらきらしてる。色に例えたらきっと七色だ、な」
その答えに亜由美が驚きの声を上げる。当麻が目を閉じ亜由美の姿を思い浮かべる。楽しそうに笑いながら自分の名を呼ぶ亜由美の姿を思い出す。
「俺にはそう見えるんだ。お前は、いつだってまぶしいぐらいに輝いてる。誰よりも綺麗な色だ」
かいかぶらないでよ、と亜由美が恥ずかしそうに呟く。
「かいかぶってなんかいない。それが俺にとっての真実なんだ。俺はきっとお前がどこに隠れていようとっとその光で見つけられるような気がする・・・」
うれしそうに当麻が呟く。当麻の想いがふいに伝わってきて亜由美の心は切なくなる。これほどまで想ってもらえる自分ではないのに。傷つけて、苦しめているのに。
「色ボケしすぎ」
想いを隠す様に亜由美は呟く。
それに答えず、当麻は亜由美の胸に顔をうずめる。
「お前の胸って柔らかいな・・・」
「ちょ・・・っ」
その言葉に亜由美は顔を真っ赤にして当麻をべりっとひきはがす。
「このすけべっ」
言うだけ言って布団にもぐりこむ。その様子に当麻が面白そうに笑う。
「すけべっ。変態っ。馬鹿っ。阿保っ」
布団をかぶりながら亜由美が悪態を次々と言う。
「なんとでも。男はそういうものなの」
当麻は平然と言うと布団をめくって亜由美の唇をすっと奪う。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。ここ、男子禁制にするっ」
「だったら、女装してきてやる」
「当麻なんて・・・とうまなんて・・・っ」
泣きそうな声で名を呼ぶ。
「俺が、何?」
当麻がニヤニヤして問う。
「だいっきらいっ」
叫ぶと再び布団をかぶる。
「俺は好きだぞ」
当麻がひょうひょうと言ってのける。
「嫌い。きらい。だいっきらいだもんー」
ひたすら言い続ける。
「本当に嫌いなら、もう少し、信憑性のある声で言えよな。お前の場合、嘘にしか聞こえんぞ」
当麻が面白そうにくつくつ笑う。
ひとしきり笑い転げて当麻が言う。
「手、つながなくてもいいのか?」
しばしの沈黙の後、手だけが布団から伸びてくる。その手を両手で包み込んで当麻が真剣にかつ優しくささやく。
「愛してる」
うん、と小さな声が布団の中から聞こえてきた。
当麻は小さな手をずっと握り締めていた。
こいつの命の光、守ってやりたい。
眠る亜由美を見守りながら当麻はただそう思っていた。
愛ある限り〜あゆと当麻〜
命の光
もう、駄目かも・・・。
何度目かの脱出に失敗した亜由美は力なく地面に転がった。
ここは自分の生まれたところではない。
戦って最後と言うときにいきなりここへ飛ばされてしまった。
戻ろうとしているのに何かに阻まれて戻れない。
ごろん、と仰向けになる。
見上げる空は快晴そのもの。
真っ青な当麻の空の色。
「ごめん・・・」
呟いて力なくまぶたを閉じる。
ここに閉じ込められてどれぐらいたっただろう?
もう時間の感覚などなかった。
閉じたまぶたの裏に当麻の顔が浮かぶ。
やはり、怒っている彼の顔。
こういう時ぐらい笑顔が浮かべばいいのにいつも浮かばない。
会いたい。
当麻の笑顔が見たい。
声が聞きたい。
抱きしめてもらいたい。
湧き上がる気持ち。
再びまぶたを開ける。
ふらつく体で立ちあがる。
約束したもの。守らなきゃ。
無け無しの力を集めてただ当麻の事を考える。
聞こえる。
当麻が自分を呼ぶ声が。
感覚を研ぎ澄ませる。
当麻の心の呼びかけにじっと耳をすませ、彼の存在をほとんど視力を失った目で捉える。
彼の命のきらめきが見える。
空の、宇宙の、真っ青なブルー。きらきら光る命の光。
それを目指して亜由美は最後の力を振り絞って飛んだ。
当麻の不機嫌は頂点に達していた。怒り狂うわけではないが、機嫌はまったくもってよろしくない。
家の誰もがもうまともに当麻に関われない。
仕事と役目をこなしていた亜由美が消息を立って三ヶ月になる。
あらゆる所を探した。
だが、頼みの綱の迦遊羅さえ亜由美の気配をたどることは出来なかった。
ただ、当麻は亜由美がまだ生きていることを確信していた。
彼女が死ねば自分の半身がいなくなったも同然。自分が平気でいられるわけがない。妙な核心だけが当麻を立たせていた。
必ず戻ってくる。そう信じていた。第一共に生きると約束したのだ。亜由美は基本的に約束を破らない。
朝、機械的に朝食をとる。自分が倒れては助けにも行けないから。それから学校へ行って、帰って夕食を取って風呂へ入って寝る。
機械的に生活を送る。ただ、心ではずっと亜由美の名を呼び続けていた。
そんな朝、突然亜由美がダイニングルームに姿をあらわした。
その姿を認めた当麻が亜由美の元へ飛んでいく。
力なく壁に体を預けながら亜由美は切れ切れに言葉を吐く。
「ただいま」
言うだけ言って倒れそうになる亜由美をすかさず当麻が抱きしめる。
「約束、破ってないよね?・・・生きてるし、当麻の元へ戻ってきたから・・・大丈夫だよね・・・?」
腕の中の亜由美が当麻を見上げて切れ切れに言う。
約束、とまた口を開きかけた亜由美に当麻の言葉がさえぎる。
「守った。ちゃんと守ったから。安心しろ」
よかった、亜由美はそう呟くと気を失った。
腕の中の亜由美の体はひどく冷たくて当麻は怯えた。
「ナスティ! 救急車を。いや、直接いったほうが早い。車を出してくれ!」
白い天井。かぎなれた消毒薬の匂い。
病室・・・。
視線を動かして傍らの人物を確かめる。
ぼんやりとしか分からぬのに誰だかはっきりわかる。
当麻。一番、大好きな人。
戻って来れた。
それだけでうれしくなる。
当麻は両手を組んでその上に額を乗せて顔を伏せていた。
手を伸ばしてそっと前髪に触れる。
その途端、当麻が顔を上げた。疲れきったひどい顔だ。見えない表情も手に取る様に分かる。
亜由美は悲しくなる。
「だい・・・?」
全部言い終わる前にああ、と当麻がかすれた声で答える。
お前は?と問われて亜由美も答えようとするが上手く声が出ない。
水、とだけ答える。
当麻が亜由美の体を起こし、水差しでほんの少し水を飲ませる。
口を湿らせてようやく亜由美が言う。
「体中の生命力がなくなったみたい。気力でふんばってるって感じ」
言葉のない様とは裏腹にうれしそうに笑う。
作品名:あゆと当麻~命の光~ 作家名:綾瀬しずか