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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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あゆと当麻~命の光~

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「お前・・・。こんなときにうれしそうにするなよ・・・」
痛々しいその姿に当麻はこみ上げてくる物をこらえる。
「だって・・・。うれしいから。当麻の顔また見れた・・・」
ささやくような声で告げる。
つっと真剣なまなざしに変わる。
「心配かけてごめんね・・・。こんな風になる前に帰るつもりだったんだけど・・・。
異次元に飛ばされて・・・今、いつなの?」
「六月」
当麻が亜由美の髪を撫でながら答える。
亜由美の目が見開く。
「ごめん・・・」
それだけ言って口をふさぐ。唇が震える。
飲まれる前はまだ春だった。ざっと数えて三ヶ月もいなかったことになる。
どれほど心配をかけてしまったのだろう。自分がほとほと嫌になる。
「いい。無事に帰ってきてくれたから」
そう言って当麻は優しい瞳で見つめる。いつもなら怒鳴り散らすはずの当麻なのに。
「ごめんね・・・ごめん。ごめんね・・・」
亜由美はただ謝る。
「いいから。先生呼んでもいいな?」
その言葉に亜由美はうなずく。
やってきた医者は開口一番雷を落とした。
「今までは怪我しようがなんだろうがだまっていたけれどね。今回はひどい。
体中ぼろぼろじゃないか。あやうく心停止に至るところだったのだからね。
仕事はドクターストップがかかったと思いなさい」
亜由美は申し訳なさそうにただ謝罪の言葉を口にした。
医者は去り際に言う。
「彼に重湯でもつくってもらいなさい」
亜由美がそれが一番好きだといっていたのを医者は知っていた。
何も喉が通らないときでもそれだけは口に出来たのだ。
以来、倒れて最初に口にするのは重湯に決まっていた。
亜由美はうれしそうに頷いた。
当麻が重湯を作って振り向いたとき亜由美は再び眠っていた。
湯のみを手にしながら当麻が眠る亜由美を見守る。
また一層やせ細っている。このままでは本当に死んでしまいそうで当麻は怖くなる。
体中傷だらけだと聞いている。どれも浅いものらしいが、亜由美の体に傷一つつくのは嫌だった。
どれぐらいそうしていただろうか、ふいに亜由美の目が開いた。
当麻の手に何かがあるのを認めて言う。
「それちょうだい」
言われて当麻がはっと我に返る。
作り直すと言うのを押しとどめて体を起こして無理やり手にしようとする。
湯のみを手にし様とした手がすっとすれ違う。視線がどことなく普通ではない。
当麻がいち早くそれに気付く。
「お前、目・・・」
うん、と頷く。
「でも、昔のド近眼に近いだけで、ちゃんとわかるのよ。これが当麻の目、お鼻、口」
いとおしそうに当麻の顔を指でなぞる。
「たぶん、元に戻ったらちゃんと見えるようになるから。心配しないで」
ね?と甘えたふりをして願う。
ずるい、と当麻は思う。
そんな風に言われたら何も言い返せない。
わかった、と短く答えてスプーンで冷えた重湯をすくって亜由美の口元へ運ぶ。
自分で食べれるというのをあえて制する。
「こんな冷えたの食べて美味いか?」
おいしそうに食べる亜由美を見て当麻が問う。
「だって当麻の想いがいっぱいつまってるからおいしいよ」
にこにこ微笑みながら亜由美は答える。
その答えに当麻の胸は切なくなる。
どれほどこの少女を想っているか思い知らされる。簡単には片付かない想いがある。自分たちがどんなに若くてもこれだけは変わらない。
食べ終わらせて亜由美を横たわらせる。
「今度はプリンが食べたいな」
当麻の顔を見ながら亜由美は言う。
「わかった。あとで買ってきてやるから」
「ナスティの手作りがいい。ちゃんとお願いしてくれる?」
その言葉に当麻ははっとする。
「馬鹿あゆ。こう言うときだけ悪知恵をはたらかせるなよ」
きっとつきっきりだったのを察して自分を家に戻そうとしているのだ。
「悪知恵じゃないよ。いいかげん、ちゃんと家で休んだほうがいいし、それに学校だってあるじゃない」
「誰もいなくてホームシックにかからないと言えば帰ってやる」
その言葉に亜由美がしばし黙る。
今までどんな怪我をしようが体を壊そうが三日も経たないうちにホームシックにかかって退院しているのだ。
一人で戦いに赴いてばかりなのに普段は信じられないほどさみしがりやなのだ。
「大丈夫だよ。ここは完全看護なんだから。一人だって大丈夫だよー」
わざとはしゃぐように亜由美が言う。
「きっかり三秒は黙っていたな。嘘つくときはもう少し演技しろ」
その言葉に亜由美が口を尖らせる。
「学校ならまるまる一学期休んでいても俺なら大丈夫だし、出席日数にしても手を打ってあるから心配いらない。
それに簡易ベッドもあるし、食事も美味い。快適な生活を送らせてもらっているから帰るつもりはない。だいたい、お前、夜中にピーピー泣くだろうが」
夜中の病院でしくしく泣き声が聞こえ幽霊の仕業かとまで噂されたが、実際は亜由美がホームシックで泣いていたという話は看護婦の間で有名になっている。むろん、当麻達の耳にもしっかり入っている。
「泣かないもんっ」
亜由美の頬が膨らむ。笑いながら当麻はその頬をつつきながら言う。
「それにもうすぐナスティ達が来るはずだからわざわざ家に帰って言わなくてもいいんだ」
えっ?と亜由美が驚くと同時にドアをノックする音が聞こえた。亜由美が眠っている間に当麻が連絡をいれておいたのだ。
当麻がドアを開ける。
ナスティ、迦遊羅、征士が入ってくる。
彼らの姿をぼんやりながら認めた亜由美はなんとなく恥ずかしそうに布団を顔までひっぱる。
それを見た当麻がひきはがす。
「けち」
「けちとはなんだ。けちとは」
「けちはけちだもん」
いつもと変わらない痴話げんかにナスティ達が安堵の笑いをこぼす。
「あの・・・。心配かけてごめんなさい」
恥ずかしそうに亜由美が謝る。
「元気そうで良かったわ。何か欲しいものがあったら言って頂戴」
その言葉に当麻が口を開きかけて亜由美が慌てて体を起こすと口をふさぐ。
「別にいいっ。何か足りないものがあったら連絡するから」
当麻が亜由美の手を引っ剥がす。
「窒息させる気か?」
「ごめん」
亜由美がしゅんとうなだれる。
「死にそうになっても相変わらずだな」
征士が面白そうに言う。迦遊羅も面白そうに笑っている。
亜由美もそれにつられて小さく声を立てて笑う。
笑いが収まると亜由美は征士に頼む。
「当麻を家につれて帰ってくれない? このままだといじめられるから」
誰がいじめてるんだ、誰が、とぼやく当麻の言葉を無視する。
征士が首を振る。
「ここのところの当麻と来たら手負いの獣より手が終えなかった。しばらくここで預かってもらいたいな」
征士がほとほと疲れたというような顔をする。
「本当に・・・」
と迦遊羅も深深とため息をつく。
亜由美が驚いて当麻を見ると当麻は照れた様にふん、とそっぽを向く。
その様子に自分がいなかった間のナスティ家の様子がわかったような気がしてしかたなく頷く。
「また明日、来るわね」
そう言ってナスティ達が短い面会を終えて帰る。ナスティ達を送った当麻が部屋に戻る。
そしていつものようにベッドの脇の椅子に腰掛ける。
「いいかげん、寝ろよ。さっきから起きたり騒いだりして疲れてるだろうから」
今だ体を起こしていた亜由美を寝かしつける。