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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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あゆと当麻~真夏のファントム前編~

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「元気だったか?」
盆栽の一つ一つに声をかける。今は征士の分も祖父が管理している。
「いい家だね。風情があって。いい家族だよ。お父さんとお祖父さんも良い人なんだろうね」
後から来た伸が言う。
そうか、と征士が微笑み返す。
「しかし、当麻などはさっき私達兄弟のことをアイアン三人衆とかシベリア寒気団と言ってのけたぞ」
「う〜ん。言いえて妙かも」
伸がうなる。
「でも、どちらかと言うと僕は征士の家族に凛としたものを感じたけれど?」
「当麻に伸のその感性のかけらでもあれば良いのだが」
征士が顔をしかめて言う。
「ナスティもうまくやっていけると思うよ」
出し抜けに言われて征士は驚く。
当麻が話したのだろうか?だが、伸はそれ以上は何も言わなかった。ただそう思ったらしい。
一方、当麻は表庭の縁側に腰をかけて庭を眺めていた。平和だなぁ〜、と一人つぶやいて伸びをする。そこへ亜由美がやってきてためらいがちに立ち尽くす。
「座れば?」
当麻が何気なく言って亜由美が隣に腰掛ける。浮かぬ顔をしている亜由美に気づいた当麻は気遣わしげに視線を送り、「あゆ」と名を呼ぶ。
「五月ちゃんね・・・」
亜由美は切り出した。
「さっきまで話していたのだけど、何かにおびえているみたいなの。なんて言うのかな。ほら、ちょっとした拍子にびくっとすることがあるでしょう? それがとても多くて。今の五月ちゃん、そんなかんじだったの。さっき征士を呼び止めたのも何か言いたいんじゃないのかな」
「何か感じたのか?」
真剣な面持ちで静かに問う。こう言うとき当麻は笑い飛ばさない。亜由美は性格上なのか性質上なのか、もって生まれた運命のせいかもしれない。とにかくそういう事を敏感にかぎ分ける。
「うん。あることもないけれど。でもこの家の守護が強いからそんなに影響は出ていないみたい。ただ五月ちゃんは敏感なんだね」
「お前さんもでしょうが。どっからそんなに厄介ごとを見つけてくるんだ?」
苦笑してくしゃっと亜由美の髪をなでまわす。
「征士にはまだ言わないほうがいいな。五月ちゃんも言いたくなったら言うだろうから。俺も気をつけておく。無茶はするなよ」
「しないって」
今度は亜由美が苦笑いする。
「お前のその言葉は世界で一番信用できん」
遼が無茶大王ならさしずめ亜由美は無茶女王と言ったところだった。その性格のせいで亜由美自身、何度、命を落としかけたか。向こう見ずと勇気とは違うと説いて見せても効果はなかった。
きっぱりと言い放つ当麻に亜由美がひどい、と口を尖らせた。いつもと変わらない表情を見て当麻がほっとしたかのように微笑う。仙台に来る直前、どこか漂っていたぎこちない雰囲気がようやく解ける。
「ほら。庭でも見て回ろう。そのうちに夕飯だ」
立ち上がった当麻が手を差し伸べる。うん、と言って亜由美はその手をとった。

その日の夕刻、征士の家族を前にして当麻は心中でうなった。厳格な祖父。静か過ぎる父親。意思の強そうな母親。きっちりとした姉と妹。そのすべてが征士に集大成されていた。
遺伝は偉大だ。そう思いながらおかわりする手は決して止めず、その勢いの良さに伊達家の者に気に入られてしまった。
「征士。今日、五月ちゃんといっしょに休んでもいい?」
征士の祖父と父を除く皆でトランプに興じていたとき亜由美は言った。
「いろいろ仙台のことを聞きたいの」
小首をかしげてじっと征士を見る。願い出る形をとっているが、有無を言わさぬ光が彼女の瞳に宿っていた。こういうときの亜由美に逆らわないほうがいいのは征士も経験上知っていた。当麻を見ると肩をすくめる。
「構わないが、夜更かしはせぬようにな」
「ありがとう」
うれしそうに礼を言うと亜由美は再びテーブルの上のトランプに目をやった。七並べなのだが、亜由美の続きのカードが出せない。
ちょっとぉ、と声をあげる。
「とーまがトランプをとめてるんじゃないでしょうね?」
ちろん、と当麻を一瞥する。
さぁな、と当麻が視線をはずす。
「実は僕だったりして」
いたずらっぽい笑みを浮かべて伸が言う。
「あら。私かもよ」
ナスティも楽しそうに笑う。
うーっと恨めしそうに亜由美が皆を見回す。
しゃーないなぁ、と当麻の口から関西弁が飛び出した。
「助け舟を出してやるか」
すっと一枚のカードを出す。亜由美はようやく何度目かのパスを免れてカードを置いた。やっぱり、と言って亜由美が当麻に肘鉄を食らわす。
「実は私もだ」
至極真面目な顔をして征士がカードを出す。
「私もなのよ」
ナスティがカードを置く。
「僕も」
伸も置く。
「ひどっ」
亜由美が悔しそうに言う。どうやら鴨にされていたらしい。世に言うスケープゴートだ。
「ゲームなんだから頭を使え、頭を」
こつんと当麻が亜由美の頭をこづく。
「まったく。こんなに頭の悪い人間に教育したつもりはなかったんだがな。どこでそんな風に育ったんだか。『かゆ』の方が頭がいい」
当麻がぼやく。「かゆ」とは迦遊羅の呼び名である。
ふん、と亜由美がそっぽを向く。
ナスティ、伸が征士までもが笑いをかみ殺している。その様子を見て征士の母が言う。
「征士。良い友達を持ちましたね」
「楽しそうで何よりです」
弥生も言葉を継ぐ。はい、と征士は微笑んだ。
結局、亜由美はゲームが終わるまで鴨にされ続け大敗を期した。以来、トランプなんてしない、が彼女の口癖になった。

夜、五月が飛び起きた。それを知っていたかのように亜由美は身を起こすと大丈夫?と五月を抱き寄せた。五月は何も言おうとしなかった。亜由美はただ、優しく抱いていた。
暖かさがゆっくりと伝わってくる。人の温もりがずっと押し黙っていた五月の硬い口を開かせた。
「怖い。・・・何かがいるの。黒い、犬のような何かがこの家を狙っているのっ・・・。お祖父様や父様、母様、姉様、兄様を襲うのっ。ただの夢の中の出来事なのにっ」
亜由美の腕の中で五月は唇をかみしめる。ぎゅっと閉じたまぶたから涙がこぼれる。
泣きたくなんかなかったのに。それは伊達家の家風ではない。五月の肩をなでながらやさしい声で亜由美が言う。
「明日。お兄ちゃんに相談してみない? きっと征士が解決してくれる」
「兄様が?」
五月が驚いたように顔を上げる。何もかも知っているかのように力強く亜由美が頷く。
「さぁ。もう大丈夫。私が起きて見ててあげるから、ゆっくり休んで。最近ずっと眠れていないのでしょう?」
どうして知っているの?と五月が目で問う。亜由美が五月をあやすように体を揺らす。
「一度だけならそんなに怖くないでしょう? 
でも、きっと何度も見ているからそんなに怖い思いをしていると思ったの」
暖かな声が五月に安心感をもたらす。不思議な人だ、と五月は眠りに引き込まれながら思った。子供っぽいかと思えば、とても大人っぽくなる。どちらが彼女なのだろう? きっとどちらも彼女なのだろうと五月は思った。
腕の中で五月が眠りにつくと亜由美はそっと五月を布団に寝かせた。
それから瞳を閉じて部屋の周りに結界を張る。
力をあまり使いたくはなかったのだけど。当麻に叱られるから。
でも、こんなに怖がっているんだから少しぐらいいいよね?
「もう、怖くなくなったよ」