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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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あゆと当麻~真夏のファントム後編~

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「神将! 追ってとどめを!」
亜由美は逃げた方角を刀印で指し示す。
何かが亜由美の背後から現れ、黒い犬を追う。
「当麻! 征士を追って。これ以上深追いするのは危険だから」
「わかった」
当麻が短く答えると五月を伸に預け、征士の後を追う。
部屋に電気が戻る。
そこはいつもの和室だった。異様な気配は現れた時と同じく突然消えた。部屋の温度が低いのがその名残を示していた。
「今のは・・・?」
ナスティが呆然と呟く。
「あれが五月ちゃんの見た黒い犬。結局、実体化したのね」
淡々と答える。それから五月の頭をなでる。
「よくがんばったね」
五月は腰を抜かして床に座り込む。
当麻が征士を連れて戻る。
「なぜ、止める?」
「今の征士ではとても追いきれないから。うちのに後を追わせたから大丈夫」
「うちの?」
伸が尋ねる。
「あ、戻ったみたい」
亜由美の背後に気配が戻る。
「あゆ!」
五月が声をあげ、征士が刀を振り落とそうとする。
「たんま! これは私の、だから」
亜由美が鋭く制する。
征士がすんでの所で手を止める。
「見鬼がいるとやっかいね」
一人ごちる。
見える者、見えない者の双方のそれぞれの疑問の視線を受け、亜由美は額に手を当てた。
ともかく用事を一つ一つ片付けよう。
「神将。これへ。姿を見せよ」
目の前の床を指し示す。
亜由美の目の前に、寺の仏像がまとうような武具をまとった人外のものがひざまづく。
皆が息を飲むのを尻目に言葉をつむぐ。
「その様子。仕損じたか」
”呪物の在り処はわかっております”
「して、どこに?」
”一里ほど先の丑寅の方角の小山の頂上に”
「やはり、厭魅であったか」
確信する。
とりあえず、皆を見まわして紹介する。
「うちの、式神。見えるとおりのものなんだけど? 
普通は目にできないのだけど、見えるようにしてみました」
言葉がうまくみつからず、苦笑いする。
あゆ、と当麻が低い声で名を呼ぶ。
思わず、上目遣いに見る。
「怒らないでよ。しかたなかったんだから。
人の足では到底追いつけないし、しとめれらたら呪詛返しになるし。って結局逃げられたけれど。でも。場所はわかったし。このまま捨て置いてまた向こうが来るのを待ってたら埒あかないし。本なんか調べていたらもっと時間かかるでしょ? 私だって最低限のことしかしてないもんっ。十五日には帰らないと行けないし」
てんでばらばらの言葉を語る。
「どうして言わなかった?」
当麻が聞く。
「だって。別に言う必要ないでしょう? こんな力が使えます。あんな力が使えますって。
言ったら結局怒るじゃないのぉ」
すねたように口を開く。それからひざまずいている神将に向かって言う。
「ご苦労であった。退ってよい」
神将が姿を消す。口調の差に亜由美は内心苦笑いする。ここまで人格が変わると思うと自分でも怖い。自分が一体誰なのか、という思いが頭をかすめるがあわててふりはらう。
私はあゆ。それ以上でもそれ以下でもない。それでいいのだ。
えーっと、と言葉を出す。
「さっき聞いた通り、北東の小山に犬の首が埋まってるから、前に言ったとおり日が昇ってから掘り出したら大丈夫だと思う。
ま、そういうことで私はこれで」
「待て。ちゃんとわかるように説明してもらおう」
そそくさと出て行こうとする亜由美の腕を当麻が掴んだ。
「な・・・何を説明したらいいのかなぁ?」
「全部、だ」
顔がひきつった。

とりあえず、全部説明し終わって亜由美は大きく息を吐いた。
な、長かった。
見鬼の意味に始まり、式神の説明、神将のこと、厭魅という呪法のこと、その解決方法にいたるまでつらつら説明した。犬神ということはすでに判明しているもののその呪法までナスティ達はくわしくない。
理解してもらうように言葉を選ぶのはなんと難しいことか。
半ば感覚でこういうことに対処できるようになった自分にとっては説明ほど難しいものはない。
式と厭魅の説明ほどややこしい説明はなかった。
式神とは大抵紙切れを変化させて使役するものである。
亜由美の神将は使役する形をとっているが正真正銘の人外の者で、紙を変化させたものではない。
どういう経緯でそれを得るにいたったかとなると説明もめんどくさい。
拾ったわけでもないが、自分から契約したわけではない。
元々、一族のものが結んだ契約を復活させただけなのだ。
まぁ。忘れられていた荷物を預かったというのが事情に案外近いかもしれない。
厭魅の説明はもっと厄介だ。
厭魅は元々人を呪う呪詛を意味する。一番、ポピュラーなのが丑の刻参りだ。
そのほかにもいろいろ方法がある。
征士の家を狙った呪法は正確に言うと犬神である。厭魅とは意味が異なるかもしれないが、亜由美には正確なことはわからない。
犬神を簡単に言うと犬が憎悪するように仕向け、その憎悪を使って人を呪うものである。
「それで、掘り出せば万事解決するのだな?」
征士が念を押す。
うん、と亜由美が頷く。それで呪は敗れ、向けられた憎悪は相手に帰る。
「では。早速明朝実行しよう」
征士が言った。
「征士一人で行くのかい?」
伸が尋ねる。
征士がうむ、と頷く。
「一人で大丈夫?」
ナスティも心配そうだ。
その様子に亜由美は言っていた。
「ナスティも一緒にいってあげたらいい」
その言葉に誰もがはじかれたように亜由美を見る。
「だって。この内で今度の事に対応できるのは私と征士と五月ちゃんだけ。
五月ちゃんを連れて行くわけにもいかないし、私はもちろん当麻が許してくれないから行けない。だとしたら、残るは見えない当麻と伸とナスティ。
皆、こう言ってはいけないと思うけれど、役には立たない。だとしたらこの三人のうちで征士に付き添っていいと思われるのはナスティだけだと思う。やっぱり好きな人の事が心配な気持ちわかるし、手伝えることがあれば手伝いと思うし、それに好きな人がそばにいたら心強いから」
だが、と征士が迷う。
「好きな人と一生懸命がんばるのもいいことだと思う」
「あたしも征士が許してくれたらいっしょに行きたい」
ナスティが駄目押しする。
いつも自分は何かの足手まといだと思っていた。同じ女性でも亜由美は亜遊羅として活躍しているし、迦遊羅にもその力がある。力も何もない自分に出来ることは征士に手を貸すことだけ。
せめてあゆの言ったとおりに好きな人の側にいて心を支えたい。
「だが、危険なことにナスティを巻き込むわけには・・・」
名を呼ばれ躊躇していた征士は亜由美の方を向く。
「塩釜のお塩余っているよね? 持ってきて。それと紙とペン貸して」
言われるまま征士は塩の残りと紙とペンを持ってくる。
まず、塩をナスティに渡す。
「何かあったらこの塩を振りまいたらいい。助けになるから」
それからちょっと待っててというと紙とペンを取る。
しばし、記憶をたどっていた様子だったが、思い出したように頷くと紙にペンを走らせる。
皆に何事かと覗かれるのを隠しながら書く。
そこに書かれたのは和歌の一首。
共に行くことができないので心をいっしょに添わせる、といった内容だ。
力をこめるのではなく、心を添わせる。
それなら問題はない。
偶然、その和歌を読んでいつか使ってみようと考えていた。