あゆと当麻~道しるべの星~
当麻が亜由美をかばいながら言う。
「ほんとうに相変わらず、つっぱしる癖が直らないね」
伸が言う。
「まったくだ。逃げない、という言葉を聞いたのだがな」
征士が言う。
「たかが、人間風情に何ができよう?」
冬玄がせせら笑いながら言う。
「できるかできないかはやってみないとわからん」
当麻がきっぱりと言い放つ。
ゆらり、とまた人影が現われた。
赤い髪の男、緋影。
亜由美はその視線を受けて背筋が凍るような思いがした。
恐ろしいまでの憎しみ。
自分がいる、ということだけで憎まれている。
自分の何もかもをゆるさない憎しみ。
亜由美はがたがたと震える。
「長ともあろう者が影に隠れて震えているとはな。笑止。お前のようなものがどうして、あの方以上なのだ?」
「あの方?」
当麻が不意に言葉を発した。
緋影がその声を聞いてはっとする。
「お前・・・。天青なのか?」
驚愕の表情はすぐに憤怒の表情に変わる。
「その魂の色はそうなのか? 相変わらず、その子供にへばりついてあの方を苦しめるのかっ?!」
緋影の冷徹な顔に怒りが現われる。
その名を聞いて亜由美は動いた。
前に飛び出ると錫杖を構える。
どぉん、と激しい光が男たちを襲う。
男たちはそれをやすやすとかわす。
なるほど、と冬玄は言葉を漏らす。
「天青がお前の弱点か。それならば、こやつの命を奪うのが一番の薬じゃな」
冬玄が手を上げる。それを緋影が制する。
「緋影、なぜじゃ。亜遊羅に我らが同じ苦しみを味あわせるが我らの悲願ではないか」
「もっとも効果的な方法がある」
緋影が言う。
「あの方に天青を連れていけば一石二鳥と言うもの。白影」
緋影は白影を呼ぶ。
霧がまた一層濃くなる。
亜由美は目を凝らして男たちの姿を探す。
「何するんだ?」
当麻の声が聞こえる。
亜由美ははっと振り向くと当麻の姿を探す。
当麻は空のかなたに消え行こうとしていた。
亜由美が飛翔し、手を伸ばす。
当麻も手を伸ばす。もう少しでと言うところで当麻の体は消えた。
「一体、俺をどうするつもりだ?」
当麻は歩かされながら文句を言う。
「あの方への土産じゃ」
冬玄が答える。
「あの方、あの方って一体誰なんだ? あゆの命を狙う奴は俺がゆるさん」
「覚えておらぬのか? あの方を忘れるとは不届き千万」
緋影が苦々しく言って当麻は不思議に思う。声に嫉妬が混じっていた。
「お前、あの方というのが好きなんじゃないのか?」
黙れ、と緋影は言って当麻の頬をしたたかに打つ。当麻の体が吹っ飛ぶ。
ってぇな、と当麻は立ちあがる。
「幽霊の癖して殴るなよ」
当麻が苦笑いをする。
「俺様たちは幽霊などではない。しかと体を持っておる」
白影が言う。
「って、さっきまですけてたじゃないか」
「余計なことを詮索するな。お前は我々の手足となればいいのだ」
やだね、と当麻は拒否する。
「お前らの考えていることなど明白だ。どうせ俺の意識を奪ってあいつと対決させるつもりだろう? 無駄だ。俺は意識がなくともあいつを殺すことはない。あいつも同じだ。俺達は絶対に殺し合わない」
確信に満ちた声で当麻が言う。
「ならば、とくと見せてもらおうぞ」
冬玄はせせら笑う。
ふいに当麻の目の前が真っ暗になる。
あゆ・・・。
消え行く意識の中で当麻は亜由美の名を呼んだ。
亜由美は闇の中に身を投じた。
後に征士、伸、迦遊羅が続く。
当麻が連れ去られた後、亜由美は一旦家に戻って征士達に簡単に説明をした。
時の長とその守護者四神の事を。
亜遊羅のいた時代の最後の四神は青龍の天青、朱雀の緋影、白虎の白影、玄武の冬玄。
彼らは時の長と共に戦うものとして次代と目される長の亜遊羅の姉に仕えていた。
その天青が転生した人間が当麻であるとだけ。
それ以上は口の聞けない亜由美に説明するのは難しかった。
そこにあった悲恋の話を説明できなかった。
自分が産まれたが故に起こった悲劇。
思い起こすだけで亜由美の心は悲しみにくれた。
その心を強く押し隠して亜由美は当麻奪還を目指した。
今の自分では当麻を見つけて逃すことができても自分の命は落としかねない。
約束をこれ以上破るつもりはなかった。
だからあえて征士達に助力を求めた。
やはり気が引けたがそうするしかなかった。
征士達には自分の力で生じさせた光輪剣と二条槍を渡してあった。
彼らがどれほど戦うことに抵抗を感じていても自らの命を守るためには必要だと亜由美は言い聞かせたのだ。
迦遊羅の力で当麻がいる闇への道を開いてもらった。
そこへ四人は身を投じたのだった。
真っ暗な闇。明かり一つない闇の中に亜由美はいた。
上下左右も感覚が失われてわからないほど真っ暗な闇。
亜由美は深呼吸をした。
濃い闇の中にいるのでまるで息が出来ないかのように息を押し殺してしまっていたからだ。
そして亜由美は目を閉じたかと思うと目を凝らした。
鮮やかな真っ青な天空の、宇宙の蒼色を探す。
見つけた。
亜由美は声にならない声で呟く。
後ろにいるはずの征士に声をかける。
自らの力で生じさせた擬似声で。
「征士。今、映像を送るからそれが見えるところを切り裂いてくれる?」
「声がでるようになったのか?」
征士が驚きの声を上げる。
いいえ、と亜由美は答える。
「これはここにいるから出来ること。この闇は一族の牢獄なの。罪人の住処。
だから、一族の力を利用して話しているだけ。いずれそれも不可能になる。てっとりはやく片付けないと行けない」
亜由美の言葉に征士は了承する。亜由美は映像を送る。
征士の光輪剣がきらりと光を放つ。
ザンっ。
刀が闇を切り裂いた。
すかさず亜由美はそこへ身を躍らせる。
あとに三人が続く。
伸があたりを見まわした。
そこは夜の村の広場。
時代がかった雰囲気が当りに漂う。
「惑わされないで。これは彼らが張った幻影。里の風景。実質はただの闇」
亜由美が忠告する。
「よう、来たな。出来そこないの長が」
侮蔑するよう口調で白影が姿をあらわした。
「あなたに用はない」
亜由美は言い放つ。
それから空を仰いで声を発する。
「いるのでしょう? 緋影。姉様。亜遊羅に用があるのはあなたたちのはず。当麻を早く返して頂戴」
ゆらり、と風景がゆがむ。
伸も征士も構える。
亜由美はそれを手で制する。
そこに現われたのは緋影。
「わざわざ来るとは愚か者の証拠だな」
緋影があざ笑う。
「用があると誘ってきたのはそちらでしょう? だから来てあげたのよ。それより姉様を出して頂戴。
大方、あなたがそそのかしたのではなくて?」
「姉、などと言える分際か」
緋影が吐き捨てる様に言う。
「お前が産まれてこなければすべてうまくいっていたのだ。おまえさえいなければ・・・」
憎しみに緋影は歯をぎりぎり言わす。
そうね、と亜由美は哀しみの声をこぼす。
「私の存在が多くの人の人生を狂わせてしまった・・・」
亜由美はうつむく。
が、すぐに顔を上げて言い放つ。
「それでも私が生きていることに意味を持つ人がいる。その人のために私は生きてるの。
誰にも邪魔はさせない。あの人を守るためなら鬼にも蛇にもなってみせる」
強い決意の光をこめて亜由美は言う。
作品名:あゆと当麻~道しるべの星~ 作家名:綾瀬しずか