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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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あゆと当麻~道しるべの星~

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「当麻を返して。彼は天青ではない。羽柴当麻という一人の男の子。彼にはもう関係ない事。
これはあなたたちと私との間で話し合うべき話でしょう?」
「話し合う? おろかなこと。我らはお前の苦しみさえ見られたら手段など選ばぬわ」
ゆらり、とまた幻影が揺らいで冬玄が現われる。
「何をすればいいというの? あいにく私の命は私のものじゃないからあげられないのよ」
「当麻という人間のものだと言うならそのような者はとうにおらぬぞ?」
冬玄が面白そうに言う。
「当麻に何をした?」
征士が刀を構えながら問う。
「答え様によっては力づくで当麻を返してもらうよ」
伸も槍を手にしながら言う。仲間を奪われて心も怒っているのだ。
一触即発状態に亜由美は眉をひそめる。
できることなら彼らに武器を振るわせたくはない。特に伸には。亜由美は伸が戦うことをどれほそ苦しんでいるのか知っていた。武器をふるうのは最小限でありたい。こうなったら呼び出すしかない。
「姉様? そこにいるのでしょう? 当麻を出して。どんなことをしても当麻の心はあゆのもの。
姉様のものにはならないわ」
挑発する様に亜由美は言う。
「当麻はあゆだけを愛しているし、あゆも当麻だけを愛しているのよ。誰もそこには割り込めない」
黙らしや、と激しい声が聞こえ雷が落ちる。
「さぁ。姿をあらわして頂戴。それとも当麻の口から誰を愛しているか聞きたい? 聞いてあげてもいいのよ」
さらに亜由美は挑発する。
ばしっ、とまた雷が落ち、ゆらり、と長い黒髪の女性が現われた。
「当麻などという人間などおらぬ。ここにいるのは背の君、天青じゃ。のう? 天青や」
沙羅耶が手招きする。
ゆらり、と当麻が姿をあらわす。
「妾のためにあのものを殺してたもれ」
沙羅耶が優雅な手つきで亜由美を指差し当麻に願う。
「我が君の御望みのままに」
当麻の手に弓が現われ矢を番える。
当麻、と亜由美は声を発する。
「こんなこと前にもあったよね? 当麻は私に殺されるなら本望だと言ってくれた。
私もそう言ってあげたいところだけどそれだと当麻が悲しむのわかっているから言わない。だからこれだけ言ってあげる」
当麻の矢を番える手が震えていた。
「当麻、愛してるよ。あゆは当麻だけを愛している。当麻」
優しい声で亜由美は当麻に語り掛ける。
その言葉に当麻が反応する。ぴくり、と当麻が身じろぎする。
「早く殺してたもれ!」
沙羅耶がかなきり声を上げる。
ひゅん、と矢が飛ぶ。
が、亜由美の頬を掠めただけだった。
当麻がまた矢を番える。
「あゆ!」
征士と伸が前に出る。
「わからんのか? 私達だ」
征士が語り掛ける。が、当麻は反応しない。次の矢が射られる。
かん、と征士の剣が矢をはねのける。
それを亜由美はおしのけてさらに当麻に近づく。
「危ない!」
伸が止める声も聞かず、亜由美は近づく。
ばしり、と雷が落ちる。
「それ以上近づくなや。背の君に触れるなや」
沙羅耶の声が響く。
亜由美は足を止め手を差し伸べた。
当麻、と再び名を呼ぶ。
「帰ろう。家へ。当麻と私と征士と伸とかゆとナスティの暮らす家に戻ろう。
ナスティが待っているよ。当麻、私をお嫁さんにしてくれるんでしょう?
帰らないと結婚できないよ? 当麻、一緒に帰ろう」
亜由美は静かな声で呼びかける。
当麻が苦しげに顔をゆがめる。
反対に手は矢を番える。ぎりぎりと弓を引き絞る。
「当麻が好きなのは誰? あゆでしょう? 当麻の心の中にいるのはあゆだけだよ。何があっても私と当麻の気持ちは変わらない。そうでしょう? あゆは当麻だけど愛しているよ」
亜由美は言葉を続ける。
「あ・・・ゆ?」
当麻の口から名がこぼれた。
「そう。あゆ。当麻の親戚で許婚で当麻を大好きな女の子だよ。当麻もその子が大好きなの。思い出して。当麻は誰が好き?」
優しい声で亜由美は尋ねる。
俺は、と当麻の口から絞るような声が聞こえる。
「俺は?」
亜由美が促す。
「俺は・・・あ・・」
ゆと言いきらないうちに沙羅耶が走り出していた。
手に短刀を持っている。
亜由美は思わず目を閉じた。
が、何も起こらなかった。
目を開ける。
亜由美の目に当麻の背中が目に入った。
思わず口を押さえる。
「とう・・・ま」
名を呼ぶ。当麻ががくりをひざをつく。
はじかれたように亜由美は当麻を抱きかかえた。
差した沙羅耶は呆然と立ち尽くしている。
殺すなよ、と当麻の口から言葉がこぼれた。
「妹を・・・殺すなよ。好き・・・なくせに・・・。好き・・・だから・・・憎いんだろう?」
切れ切れに当麻が言う。沙羅耶の耳には入っていない。
「何故、そなたは妾を裏切る・・・? それほどそのものが大事か? 
長年つかえていた妾よりも亜遊羅が大事か? そなたは妾を裏切るのか?」
目を覚ましなさい、と亜由美は声を上げる。
「今の当麻の言葉を聞かなかったの? 当麻はあなたのために身を投げ出したの。あなたに私を殺させない様に。あの日と同じように姉に妹を殺させないために。姉様に手を汚させないた
めに当麻は、天青は命をかけたのよ。いいかげん、目を覚まして!!」
亜由美の鋭い声に沙羅耶がうつろな瞳を亜由美と当麻に向ける。
「同じ事をまた繰り返すの? 何度もこうやって当麻に、天青にあなたの罪を償わせるつもりなの?」
亜由美は悲しそうに姉を見る。沙羅耶の目に赤く血に染まった当麻が目に入ってくる。
当麻はもうまぶたを閉じてぴくりとも動かない。沙羅耶が当麻の元にひざまづく。
「ああ、天青。ゆるしてたもれ。妾はそなたを殺すつもりはなかった。そなたが亜遊羅を見る目が憎くてしかたなかったのじゃ。
そなたが亜遊羅以外のものに目をかけたのなら許せた。じゃが、妹だけに許せなかったのじゃ。
そうじゃ、そなたの言うとおりじゃ。妾は亜遊羅を好いておった。大事な妹じゃった。
だから、憎くて仕方なかったのじゃ。ゆるしてたもれ・・・」
沙羅耶の目から涙が流れる。
姉様、と亜由美はやさしい声で呼ぶ。
「まだ、当麻は生きている。手を貸して。私の力はもうほとんどない。だから傷をふさぐのに手を貸して。私は欠けた生体気を補うから。今ならまだ間に合う。同じ過ちを起こさなくてもすむの。お願い。当麻を助けて」
亜由美が必死に願う。
沙羅耶は亜由美の顔をしばし見つめたあと、頷いて当麻の傷に手をかざして呪文を唱える。
暖かい光が当麻の傷口に注がれる。
亜由美はそれを満足げに見ると手首に刀を浅く切りつける。
血が薄くにじむ。そんな事は気にせずに亜由美は手を当麻の上にかざした。
黄金の糸が滴って当麻の体にしみこんでいく。
亜由美の額に脂汗がにじむ頃、当麻はまぶたを開けた。亜由美はかざした手首をかるく手で押さえて流れとめる。
そして両手で当麻に手を回して優しく抱きしめた。
沙羅耶と当麻が名を呼ぶ。
「すまぬことをした。私の魂はこのものと対になっている。それは変えられない。この子が産まれて私はこの子を愛した。だが、忠誠はそなただけのものだ。私が仕えるべき長はそなただけだ。それだけでは満足できぬか?」
当麻の声だが、あきらかに違う人格の声だった。
沙羅耶は天青と名を呼んで絶句する。
天青はじっと沙羅耶を見つめる。