あゆと当麻~道しるべの星~
ここにそなたの当麻がいることを忘れるな」
天青が力強く言い、亜由美もうなずく。
亜由美は闇の固まりに手を伸ばして目を閉じる。
必死に闇の心を感じようとする。
すぐにも心に闇が進入してきた。
亜由美の心が闇に染まる。
闇に飲まれそうになった亜由美を強く抱きしめる感触で亜由美は自分を取り戻した。
亜由美は必死に闇の心に語り掛ける。
どうして憎いの? だれが憎いの? どうしてそんなに苦しいの? 聞かせて。
ただ憎い、という思いだけでもいい。私にすべてを教えて。
亜由美は闇の固まりにあるすべての思いを一つ一つ聞いていく。
自分には開放するなどということはまだできない。できるとすればただ気持を聞いて頷くことだけ。
それでいいと天青が言うのなら喜んで聞こう。
こんな罪深い自分にもできることがあるのなら出来ることからしよう。
亜由美は一つ一つ憎しみの闇を解体していく。
長い時間をかけてようやくすべての闇を解体し終わる。
だが、亜由美の差し出された手のひらの上にはどうしても解けない憎しみが残る。
自分のふがいなさに亜由美は涙を流す。
「よくやった」
天青の声が振ってくる。
「ここまですれば後は自分で浄化の道をたどるであろう。後は静かに浄化の道をたどる場所に導いてやればよい」
亜由美は涙でぬれた顔を天青に向けて首を振る。
自分にはそれがどこなのかわからない。どう導いてやればいいのかわからない。
「妾が道を教えよう。妾ならばそれがどこにあるか知っておる。あいにく、二度も妹と天青を手にかけようとした妾は入るわけにはいかぬが、道を指し示すことは出来る」
亜由美は驚いて沙羅耶を見た。
そうすればまた闇の中に取り残されてしまう。
早く、この牢獄から救い出すことを考えていたのにそれではまた同じ事を繰り返してしまう。沙羅耶は微笑む。
「もう同じ過ちは繰り返さぬ。何、そなたが早く道を覚えてくれればそれでよい。そして次は妾を解放してくれればよい。罪は償わぬとな。これが罪滅ぼしじゃと思うてくれ」
それにじゃ、と沙羅耶は微笑んだ。
「折角緋影の想いを知ったのじゃ。もう少し、その気持を味わっていたいのじゃ」
照れたような表情を見て亜由美はなんとも言えない顔をした。
沙羅耶が近づいて亜由美の頬に残った涙の跡をぬぐう。
「そなたはそうして涙を流し続けておるのじゃな。だが、その涙を大事にするのじゃ。
その素直な心が妾達を救ったのじゃ。そなたを憎んだのは愛するがゆえ。
それはわかってたもれ」
亜由美は泣きながら頷く。
自分の想いを告げたいのに言えない。
亜由美は必死に口を動かす。
愛している、大好き、と何度も告げる。
亜遊羅がどれほどこの姉を慕っていたかを一生懸命伝える。
沙羅耶はうれしそうに笑って頷く。
「いつか舞を共に踊ろうぞ」
沙羅耶の言葉に亜由美は大きく頷く。
「天青、亜遊羅を頼むぞ。この子を見守っていてたもれ」
沙羅耶は亜由美を抱きしめている天青に願う。
天青は頷く。
沙羅耶は満足そうに二人を眺めると二人から離れる。
沙羅耶の体が宙に浮いたかと思うとぽうぅっと光に包まれる。
やがて体の線が消えて光の玉になる。
それを見ていた緋影の体が宙に浮き、次に白影の体が宙に浮く。
「巫女姫の側を離れるわけには行かぬのでな」
そう言った緋影の顔は幸せそうだった。
亜由美は納得した様に頷く。
「二人の邪魔をするつもりはないが、兄じゃを見捨てるわけにはいかぬ」
ぶっきらぼうに白影が言う。
それを見ていた冬玄も体を宙に浮かせた。
「しばし、このままでお前の長ぶりを見ていてやろう」
機嫌悪そうに言う冬玄の言葉を亜由美は意外な思いで見つめる。
「あれもそなたを案じておるのだ。いさかか天邪鬼でな」
天青がフォローして、冬玄の顔がしかめっ面になる。
「残った四神は一人じゃ。任を怠るでないぞ」
冬玄がいまいましげに言って天青は笑って頷いた。
「一人で三人分の働きを目にかけよう」
四人の男たちが視線を交わす。
頷くと三人の体も光に解けて玉となる。
四つの玉がひゅんと動いて一つの道を示した。
「わかるな? あの道しるべにそうて送ってやるがよい」
天青が亜由美に言い、亜由美は光の玉が導く道に闇の塊を送ってやる。闇の塊が徐々に遠ざかっていく。光の玉が消えていく。
亜由美は体を乗り出した。
案ずるでない、と天青が言う。
「目にみえなくなっただけだ。そなたが目を閉じればいつでも見えるはずだ。見えるであろう?」
亜由美は目を閉じて見えないものを見る。
確かに優しい光の玉が四つ道を作っている。
亜由美は目を開いて天青を降り仰いで頷く。
天青はくるりと亜由美の向きをかえて腰に手を回して支える。
そして優しげに目を細める。
「おおきゅうなったな。亜遊羅。そなたの成長した姿を目に出来て私はうれしい」
愛情が深くにじんだ瞳に亜由美は戸惑う。
自分は亜遊羅であって亜遊羅ではない。
自分が好きなのは当麻ただ一人。
目の前にいるのはかつて慕った人。案ずるな、とまた天青は言う。
「すぐにそなたの愛しい者は目覚めよう。私は再び当麻の中に眠る。当麻はよい男だ。
自分で言うのもおかしいが、何よりもそなたを亜遊羅だけでもなく亜由美だけでもなくあゆとしてそなたを愛している。私には持てぬ強さだ。二人でこれからの未来を乗り越えなさい。私はいつでも見守っているから」
天青は優しく言ってじっと亜由美を見つめる。まなざしが熱いものに変わっていって亜由美の心臓が早鐘を打つ。
天青の片手があがって亜由美の頬に触れる。
だが、すぐに手を下ろして天青はまた優しいまなざしに変えた。
「そなたに接吻をしたいところだが、それでは当麻に叱られてしまう。あゆは当麻のもの、だからな」
面白そうに天青は言う。
亜由美はなんだか切なくなって背伸びすると天青の唇に唇を重ねさせる。
唇を離して亜由美は口を開く。
すっと声が出る。
「亜遊羅はずっと天青が好きだった。それは変わらないから。あゆは当麻が好きだけど、亜遊羅が好きな人は天青なの」
切ない思いで亜由美は亜遊羅の想いを告げる。
私は、と亜由美は続ける。
「きっと当麻も天青も好き。私は亜遊羅であり、亜由美であり、あゆだから。あなたの魂だけを愛している。どんな姿をしていてもあなたが好き。私とあなた。いつの時代もお互いの魂で愛し合っていれば問題ないよね?」
天青の顔に驚きが浮かび、そして幸せそうな微笑を浮かべて頷く。
「私とあなた、か。私達が私達である限りこの想いは途切れぬのだな。だが、今言ったことを当麻に言わぬほうがいいぞ。当麻は存外に焼餅だからな。私を好きだと言えばきっと怒り狂うぞ」
面白そうに言われて亜由美は笑って頷いた。
「忠告、ありがたくいただいておく。当麻は所有欲がとても強いから。それに今の時代は当麻だけを愛しているから」
「そのほうがよい。今の時代が愛しているのは当麻だけだ。当麻だけを愛していればそれで私も満足だ。それではそろそろ戻る時が来たようだ。
もう会うことはあるまい。そなたには当麻がいるからな。それに大切な仲間もいる。もう四神は必要ない」
うん、と亜由美は頷くが、うつむいた拍子にほんの少し寂しそうな表情が横切る。
作品名:あゆと当麻~道しるべの星~ 作家名:綾瀬しずか