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【弱ペダ】会えないあなた

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 緑の髪に着物姿の男性は、今深夜でやってるアニメの登場人物のはずだ。その彼が「エーデ、エーデ、ショーネン一緒ニ写真撮ロウヤー」とどこで習ったのか珍妙な日本語で坂道に話しかけてきたのを今更ながら思い出した。
「なんだ、ノーイングリッシュって……」
 我ながら何という対応をしたものか。
「巻島さん、英語喋れるのかな……」
 ぼそり、と呟いて頭を振った。ダメだ、ダメだ。
 決めたんだ。巻島さんも自転車に乗ってる。きっとイギリスでもあの彼らしいスタイルで山に登ってる。だから、僕も走るって。走ってれば絶対会えるんだ。
「よし、行くぞ」
 坂道はママチャリのペダルを踏んだ。

 その次の日は練習が休みだったので、朝から秋葉原に行った。その日は順調で、『ラブ☆ヒメ』のオープニングも途中で歌ったし、スペシャルイベントもすごく楽しかった。ちょっと予定よりも散財してしまったけれど、会場限定と言われるとどうしても我慢が出来なかった。それに、前日忘れたガシャポンも無事に出来た。
 意気揚々と帰ってきたはずなのに。
「あれ」
 気が付くと坂道は裏門坂を上って高校の裏門前に居た。すでに日は暮れて吹き渡る風が寒い。吐き出す白い息が坂道の眼鏡を一瞬曇らせて散った。門は既に閉まっている。校舎の明かりもすべて消えて、空っぽな巨大な箱が闇に沈んでいた。
「ダメだな……、僕」
 あの噂が嘘だと知って、そこまでショックだったのかと改めて思う。どれだけ巻島に会いたいのだろう。居るはずのない学校にまで来てしまうほど。
 会いたいです。何でか、今すごく巻島さんに背中を叩いてほしいです。
 泣くまいと我慢しながら、それでも止められなかった涙を流しながら裏門坂を下ったら、案の定途中で自転車ごと転んだ。這う這うの体で家に帰ったら、母に「自転車だからって気を抜いちゃだめよ!」と判ったような判らないような小言を食らった。
 大晦日までの数日は、さっぱり動けなかった。何とか練習には出たし、走っている間は大丈夫だったのに、家に帰ってくるなり録画しておいたアニメも見ずに、ベッドに突っ伏していた。
 大晦日の今日も、普段ならお菓子と飲み物を用意して、『ラブ☆ヒメ』の特別番組が始まるのをワクワクしながら待っているはずだ。始まるまでの時間に、新しく出たDVDから鑑賞するか、それとも復習を兼ねて『ラブ☆ヒメ』全話を見直すか、イヤイヤ、ここは他に浮気しないでとにかく正座で待機するべきだ、などと自分の中で忙しい会議が行われているはずのなのに。
 坂道はがば、と起き上がると何を思ったかおもむろに着替え始めた。インターハイ、そしてその後レースに出る度に着た、総北自転車競技部のレギュラージャージだ。ドタバタと部屋をそのまま出ると、ヘルメットとシューズを手に階段を駆け下りる。
「坂道?」
 台所の入り口にかかった暖簾から、母が何事かと半分だけ顔を覗かせる。台所からは出汁と暖かい湯気の匂いがしていた。おせちの煮しめだろう。
「あら、どこ行くの?」
「ちょっと」
「自転車?」
 うん、と生返事をして坂道は玄関脇に置いてあるロードレーサー、BMCを架台から外した。
「もう遅いわよ。年越しそば食べないの?」
 小野田家の年越しそばは、ほうれん草と茹でた鶏肉にゆずの皮が入った、濃い目の関東出汁の蕎麦だ。最近は母もやっと自転車競技の何たるかを理解してくれたらしく、脂分の多いもも肉よりは食べやすく片栗粉をまぶしたささ身にしてくれたりと工夫してくれるようになった。高校生では身体を作るためにもバランスの取れた食事の方が大事で、まだ極端に脂質を抜かなくても良いらしいけれど、それでも油の多い食事の回数が減ったような気がする。
「帰って来てから食べるよ」
「気を付けるのよ」
 そう言う母の声を背に受けて、坂道は家を出た。サドルに跨ってかちゃりと金具をペダルに嵌めると坂道は走り出す。日が暮れかけた夕方の風が身を切るように寒い。アップもせずに踏み出した身体が軋んだけれど、不思議なものですぐに温まってくる。
 坂道はそのまま学校を通り過ぎて峰ヶ山へ向かった。信号のない平坦な道が終わると、登りが始まる。
 大好きな登りだ。山道だ。
 四月に入部してすぐ、ウェルカムレースで初めて登ってから何度走っただろう。何回走ろうと、一度として同じ条件だったことはない。その日の体調や気分から、天候、風向き、季節まで。例えば一枚の落ち葉、一吹きの微風、些細なことでも一つ違えば全く違う顔を見せる。山道だけではない。ロードレースと言う競技はそういうものだ。大雑把な傾向を把握することは出来ても、それで完全に判ったことにはならない。いつでも予測不能な出来事はある。それを含めて、山道は楽しかった。
 巻島とも何度も走った道だ。夜遅くに上ったこともある。
――回すしかないっショ。
――俺はイレギュラー好きだからな。
――ギアを落とせ。
――落ち葉を踏むな。
――雨の降り始めは、マンホールが滑るショ。
 一踏み一踏みごとに巻島の言葉が耳元で蘇る。時々発せられる言葉と彼の独特な走法を見てきた。一緒に走ってきた。山は好きだ、そんな気持ちが一回しごとに湧き上がってくる。ここに巻島さんがいればいいのに。余りに望み過ぎたせいか、見えないはずの巻島の背中が暗闇に見えたような気がする。それとともに、何故だか頂上へ行けば巻島が居るような気がした。坂道はペダルを踏む足に力を入れる。いつものグルグルと廻す走法だ。
 峰ヶ山頂上を指す看板に辿り着く。
 そこは薄暗い街灯が看板と道路を寒々しく照らすだけで、車一台すら通っていなかった。上がった息を整えながら、周りを見渡す。街灯を外れた先は闇が横たわっている。坂道のヘルメットに付けたライト、そして自転車のライトがまっすぐに夜空を切り裂く。下に町の夜景が見えた。ライトを消して上を向けば、星が見えるはずだ。
――冬はオリオン座にすばる、北極星。ちょうこくしつってなんショ……。
 いつだったか夜に来た時に星がいっぱいだ、と喜んだ坂道に付き合ってくれて、携帯で色々星座を探して見せてくれたっけ。
――山の上だから、流星群も見えそうですね。
 互いに星なんてさっぱり判らないのに、巻島も面白そうにクハ、と笑ってくれた。
 しんと静まり返った山に、ギシ、と軋む音が響く。ギュ、ギシ、とペダルが回るごとにフレームやギアが軋む音。
「あれ、この音……」
――山じゃ、木の枝が擦れて似たような音がするショ。
 暗ければ尚更。巻島がそう言ってたっけ。
 だが、違う。ちらりと遠くで光が揺れる。誰かが上ってくるのだ。自転車で。こんな大晦日の夜に、どんな物好きだろう。自分のことも棚に上げて、坂道はその音が近づいてくるのを見守る。汗がすっかり引いて身体が冷え切っている。なのにその場から動けなかった。
「よォ」
 息を切らせて現れたのは、ひょろりとした長い手足。緑に赤や青などの色が散った玉虫色の長い髪の毛が、ロードレーサーの車体が左右に揺れると、一緒に揺れる。
 まきしまさん。
 口が固まってしまったかのように、動かなくなった。
「こんな日にここに来るなんて酔狂は俺だけだと思ってたショ」
 クハ、と懐かしい顔が困ったように笑う。