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【弱ペダ】会えないあなた

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「走ってるか?」
 くしゃりと頭を撫でられる。
 はい、走ってます。
 相変わらず、声がでない。喉に石でも詰まってしまったみたいだ。言葉の代わりに一生懸命頷く。
 会いたかったです。一緒にまた走りたかったです。
「俺もショ」
 照れくさそうに顎を掻く。口元のほくろがほんの少し赤くなるのだ。ああ、巻島さんだ。巻島がにやりと口の端を上げた。
「走るか」
 はい! はい、是非!
 嬉しくて笑いながら、こくこくと頷いて自転車に跨る。ぱちん、とビンディングを嵌めた音で目が覚めた。
「あれ?」
「坂道~。起きなさ~い」
 ごんごんと扉が叩かれて母の声がした。カーテンの向こう側から、眩しい光が洩れてくる。のそのそと起き上がり、暖かい布団とは打って変わって、ひんやりと底冷えのする部屋の温度に慌ててセーターを羽織った。
「僕、いつの間に……」
 峰ヶ山へ走りに行ったはずだ。それは事実らしく、部屋の床にジャージが脱ぎ捨ててある。そのくせ、しっかりパジャマを着て寝ていた。どこまでが本当で、どこからが夢なのか判らなかった。
 新年の挨拶を済ませて、子供だからほんの少しよ、と朱塗りの杯に注がれたお屠蘇をぺろりと舐める。のどの奥がカッと熱くなった。お正月の縁起物だし元は味醂なのよ、と母は言うが、いまだにこれを美味しいと思ったことはない。早々に杯を置いて、祝い箸を取る。
「母さん、僕いつ帰ってきた?」
 反対にお屠蘇をくぴくぴと飲み干す母に尋ねた。
「え? 夜の十一時くらいには帰ってきたわよ? お風呂に入りなさいって言ったのに、そのまま寝ちゃって。折角新年なのに。ねぇ、お父さん。今年のお屠蘇、やっぱり味醂が甘すぎたかしら」
「いつもの味醂の方が美味いな」
 母と父はぐいぐいとお屠蘇を杯に注ぎながら、微妙にケチをつける。お屠蘇はそんなにたくさん飲むものじゃないと思うんだけど。いや、大事なのはそこじゃない。母によれば坂道は普通に帰ってきたらしい。と言うことは、巻島さんに会ったのは夢だったんだろうか。
 そこまで巻島に会いたかったらしいと、自分がそこまで思い詰めていたことに我ながら驚いた。思わず笑いが洩れる。
「どうしたの?」
 日本酒に切り替えた母が杯を舐めながら尋ねる。坂道はお重から田作りと黒豆を取り皿に取った。甘辛く飴状に煎られた田作りをぱりぱりと頬張る。
「なんでもない。後でお風呂入るよ」
「やめときなさい。後でお友達と初詣に行くんでしょ。風邪引くわよ」
「そうだった」
 最近では随分当たり前に思うようになったが、やっぱり自転車に乗った次の日は相当にお腹が空く。坂道は煮しめ、紅白膾、昆布巻きなどを取ると、次々と腹に収めた。
「本当に良く食べるようになったわね。お雑煮も出そうか?」
 うん、と里芋を咀嚼しながら頷いた。
「テレビは芸人ばっかりだな」
 同じく日本酒を飲み始めて、早くもほんのり赤くなった父が新聞のテレビ欄を見ながらぼそりと呟く。坂道は松風焼きと錦たまごを齧りながら「お正月だからね」と返す。
「スポーツ特別番組か……。これは運動選手が出るやつだな」
 最近はアスリートって言うんじゃないのかな。そこまで思って、はたと気付く。特別番組……。
「あっ!!」
 箸を放り出して坂道はバタバタと二階へ駆け上がる。後ろから母の不思議そうな、どうしたの? と言う声。どうしたもこうしたもない。
「そうだ……。『ラブ☆ヒメ』の特別番組……!」
 部屋に入ってレコーダーを起動する。画面が出てくるのをじりじりと待ちながら、震える手で再生リストを出す。一覧に目的の番組名を発見して、ほっと胸を撫で下ろした。
「良かった……。予約だけはしてたみたい……」
 自分のことながら、ここ数日のおかしな行動が理解できなかった。大好きな番組を予約したかどうかも忘れるなんて。気が抜けてベッドに寄りかかる。
「そんなに好きなんだ……」
 ぽろっと口からこぼれた言葉が頭に染みて、顔が熱くなる。何言ってるんだ僕……。恋を自覚したヒロインみたいにそんな独り言を言うなんて、思いもしなかった。
 でも、好きなんだ。
 夢にまで見るほど。
 何もはっきりとは口にしなかった。それは巻島がイギリスに行ってしまうことを判っていたからだろう。それでも互いにただの先輩後輩以上の感情を持っていた。坂道に確信はない。だけれど、案外間違っていないと思う。時々は今回みたいにその自信も揺らぐことがあるけれど、それでも巻島とは同じ気持ちでいると思う。
 なぜなら。何度も二人で走ったから。練習で。自主練で。何も言わずにただ二人で、約束をしたように一緒に自転車に乗って走った。そして走りに二人の気持ちが現れたと思う。言葉ではっきりと言われたのと同じくらい、坂道にはそう思えた瞬間が何度もあった。
 会えないのは寂しい。会いたい。でも会えない。
 それでも坂道と巻島の間には約束がある。走り続けること。走っていればまた会える。
「僕、走ります。巻島さん」



「おめっとーさん、小野田くん」
「あけましておめでとう、坂道」
「鳴子くん、今泉くん、あけましておめでとう」
 待ち合わせ場所に着くと、二人が既に待っていた。ぞろぞろと初詣の人が行き交う。普段は静かな神社だが、流石に初詣には大勢の人が来るらしく、参道の脇には屋台も出て賑やかだった。
「あー、さむさむ。ほんまこっちの方が寒いで」
 鳴子がもこもこに着膨れた状態で足踏みをしている。
「そんなに言うほど寒くない」
 対して今泉は厚手のダウンジャケットにマフラーと言ういでたちで、鳴子に比べると薄着に見えなくもない。
「嘘吐け。スカシよって、ホンマ腹立つわ。お前なんやかんや言うてその下もこもこちゃうんか! ヒートなんちゃら言うやつ重ね着しとんのやろ。見してみぃ、鳴子章吉様がすばんと暴いたる」
「うわ、よせ!」
「ふ、二人とも。落ち着いて。人多いし、危ないよ」
 坂道が仲裁に入るが、二人とも聞いていない。鳴子が今泉のジャケットの裾を掴むと乱暴に捲った。
「な……」
 鳴子が言葉を失う。今泉のインナーシャツにはカイロが腹、背中、とびっしり貼ってあった。状況を理解した鳴子が大笑いを始める。
「スカシた顔して、なんやそのカイロ」
「うるせーな。カイロぐらい貼るだろうが」
「貼り過ぎやろ」
「着膨れだるまに言われたくねーな」
 なんやと? なんだと? 参道の真ん中で二人が睨み合う。何事かと通り過ぎる参詣客が遠巻きに二人を見て避けていく。
「二人とも、まぁまぁ。そうそう僕も結構貼ってきたよ。靴の中にも入ってるし」
「なんや、小野田くんもかい」
 仲裁に入った坂道に宥められて、鳴子と今泉が離れる。
「早くお参りに行こうよ。あっ、終わったら温かい物食べに行きたいね」
「そうやな。お好み焼きでも行くか」
「もんじゃがいい」
「もんじゃァ?」
「まぁまぁ。どっちも一つずつ頼もうよ、ね?」
 今年も寄ると触るとケンカを始める二人を宥めながら、拝殿へ向かう。大勢の人と一緒に賽銭を投げると、こんなに大勢の人が居て、神様はちゃんとお願い事を聞いてくれるのだろうか、と思う。
 巻島さんと会えるかな……。