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筒井リョージ
筒井リョージ
novelistID. 5504
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鳥籠

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そう淋しくたしなめながら、泡の付いた指で耳の裏についた血糊をぬぐってやる。
彼の体から生々しくこびり付く、人の血肉腐臭を全て洗い流してやりたかった。
彼自身の呪われた血を洗い流してしまいたかった。
「………すまない………」
泡を流されながら我愛羅が答えた。
こうして二人きりで落ち着いて話す我愛羅は、驚くほど素直で従順だ。

「だから泣くな」
え?と思わず聞き返してしまった。
驚いて、手に持ったシャワーはあらぬ方向を向いている。
我愛羅がゆっくりと顔をむける。その目の持つ力に気圧されてしまう。動けないのはきっとそのせいだ。
「泣くなと言っている」
今度はきっぱりと言うのを聞いた。聞き違いではなかったらしい。
「…泣いてなんか…」
言ってから、自分は本当に泣いていたのかと不安になり、咄嗟に手で頬を確かめてしまった。
「ないじゃないかっ」
うろたえる自分の一挙一動を、無言で見つめているのが分かる。
馬鹿にされているのだろうか?

それとも…、見透かされていた?

「そう思っているなら、それでいいだろう」
「だからっ、泣いてなんかないって言ってるだろ!」
羞恥に語尾が荒くなる。
なにを私は焦っているのだろう。それに我愛羅は何を言っているのだろう。
なぜだか相手の顔が見られず、濡れたタイルばかり見ていた。
目をそらしたテマリの肩からサラリと髪がこぼれる。
その金糸を我愛羅が捕らえ、軽く引き寄せた。
「あまり俺をあなどるなよ?テマリ」
どきりとして、手に持ったシャワーヘッドを落としてしまった。とたんに落ちたヘッドはくるりと一回踊り、勢い良くテマリの体を濡らす。
熱い湯が布地に染み込み体にまとわりついた。
「…な……何を…………」
思ったより顔が近かった。能面のような我愛羅の顔からは、一切の感情が読み取れない。
「分からないと思っているのか?お前はいつも俺に対して泣いているだろう。一体何に対しそんな感情になるのか知らないが、俺の一切に関しお前が泣くようなことは無いのだ」
テマリはついていた膝のバランスを崩ししりもちをついた。そのためこちらを向いていたシャワーの湯を一身に浴びて、着ていたものはもうずぶ濡れだった。
「俺は俺のしたいように生き、そして死ぬさだめだ。誰もがそのようにして生き、死んでゆくだろう。俺はなんら変らぬ。他人は生き死す。俺も生きる。ただそれだけだ。他には何も無い。それが至極当然の営みなのだ。お前がなぜそのような目で見るのか、この俺にはわからん」

硬直して動けなかった。
当然の営み?あれが自然のことだとでも言うのか?
熱い湯を浴びているのに、ぞっと冷え切っていた。
なぜそんなにも抑揚無く、淡々と語れるのか。
それにまだ理解できないのね。その自然は父に与えられ、決定付けられているという事に。そこには自然な物など何一つ無いという事に。
憐れでならなかった。今度こそ本当に熱いものが目頭から頬へ伝ったようだ。
その様子を見て我愛羅が苛立つように眉根をよせた。不快でならない。そんな感じだ。
「それとも、俺が汚れてくるのがそんなに気に入らないのか?それは少し忍びとして潔癖すぎやしないか?お前が言うように、俺は俺なりに努力しているつもりだ」
「………努力はつらい?…」
その問いには彼は答えなかった。ただ訝しげに眉根を寄せ私を見つめるだけ。
「なら、なぜ来るのさ」
「…そんな話だったか?俺が言っているのはお前が泣くのを止めないのは何故かときいているのだ」
「ちゃんと答えてよ…」
一瞬の無言。耳障りな水音がノイズとなり、油膜の様に張り付く。
「なぜ来るの?ほんとに自然なことなら、あんたなんであんなに―」
「お前が俺の全てを否定するのか?」
―怯えているのさ―
その一言を塞がれてしまった。
「テマリ。お前は俺に死ねというのか?」
我愛羅の顔が一層白く見える。死人のようだ。目を見開いたまま動けずにいる自分も、変わりは無いのだろうが。
「俺は死ぬのは嫌だ。生きたい」
あぁ、父の呪いはこんなにも根深い。
私はそれ以上彼を問い詰めることが出来なくなってしまった。

何も答えられずにいると我愛羅の掌が頬に触れた。
「もう泣くな。俺はお前が泣くのは嫌なんだ」
そう言ってもう乾き始めた涙の跡を親指でぬぐった。
彼といるときは何だか不思議な感覚だった。彼のなかの、そのちぐはぐさをそう感じるのかもしれない。
普段は、いうなれば兵器そのもの。いつ爆発するのか分からないような、地雷や、核弾頭のようなものだ。
その彼が、こうして誰も見ていないところでは、不器用な優しさをみせる。それは私しか知らない我愛羅だ。
割れたガラスの切っ先に触れてみたくなる。そんなものかもしれない。

触れば傷つくのにね…

「…髪………」
「え…?何?」
「今日はおろしているんだな。…髪…」
「あ…あぁ。変か?」
濡れた指で肩にかかる人房を摘んだ。
普段と違うから、違和感でも覚えるのだろうか。それともこういうの気に入らないのかな?
ちょっと不安になった。
「………いや……」
ところが口を濁した我愛羅のほうが、不安げに瞳を揺らした。普段からあまり感情を読み取りにくい彼にしては、珍しいことだった。
「そんなことは無い…、…ただ……」
なんだか歯切れが悪い。
「……やはり止めよう。どうでもいい事だ」
「なんだよ、気になるじゃないか!」
食い下がると伺うようにこちらを見た。
ほんの少し躊躇した後、諦めたのか我愛羅が口を開いた。
「……今日…初めて会ったとき、……母さんが来たのかと思った……」
心臓を杭で貫かれれば、きっとこのような心地なのだろう。息をするのを忘れるのだ。
「…俺は、この手の話は好きじゃない…」
私だって好きじゃない。いや、この件に関してか?
母に似ている。
そうだろう。日に日に私は母に似てくるのだ。
それが嫌だから―、そう見られるのが嫌だから―。
我愛羅だって。やはり父を映したようではないか。
だが、そんな事口が裂けたって言えない。

私たちは、若き日の父と母を演じているのだろうか。

我愛羅が不安そうにこっちを見ている。
あぁ、犬ころみたい。
こんな顔するのを見ると、やはり憎めなくなる。
暗鬱とした空気を一掃するように、テマリは優しく微笑んだ。
「なんか、体冷えちゃったね」
「……そうだな……」
あったまりなおそう!と我愛羅を湯船に促した。

それから一ヶ月後、私たちは火の国に渡った。
作品名:鳥籠 作家名:筒井リョージ