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【擬人化捏造】夢か現か妖怪か

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 その日、ケイゾウは普段と少し違っていた。固く結ばれた唇は近寄りがたい空気を作り、大きく見開かれた瞳は足元へ向けられたまま動かない。一見すると怒っているようにも見えるが、それにしては覇気や勢いが感じられず、木の陰草の陰に潜む彼の友達は揃って顔を見合わせた。だがケイゾウはそんな彼らの気配に気付いていないのか、脇目もふらずに暗い山道を黙々と歩き続け、やがて見えてきた彼の“秘密基地”の扉に手をかけた。
「おかえり。今日は早かったんだな」
 フユニャンはいつも通り、そこにいた。部屋の中央あたりをふわふわ漂いながら、赤いマントを靡かせて片手を上げる。だがそれに応える声はない。ケイゾウは彼を一瞥してから鞄を置き、ごろりと横になった。
「……ケイゾウ?」
 明らかに様子が違うケイゾウに、フユニャンの声も変わる。ゆっくりと近づいて顔を覗き込むが、少年はすぐに顔を逸らした。フユニャンが反対側へ移動すればケイゾウもまたその逆へと顔を向ける。そんな事を数回繰り返した後、少年は大きく息を吐き出して目の前を飛ぶ影に手を伸ばした。むんずとその腕を掴み、扉のほうへと放り投げる。
「ケイゾウ!?」
 さすがにむっとしたのか、フユニャンから非難の声が上がる。ケイゾウは一瞬だけバツの悪そうな顔をしたが、すぐに視線を逸らし天井を睨みつけた。
「ゆきっぺの家のコロが、昨日死んだ」
 唐突に告げられた言葉に、フユニャンが息を飲む。ゆるく首を振るとゆっくり高度を下げ、今度はケイゾウの視界に入らないように低い位置を漂う。そうしながら少しだけ、また近づいた。
「コロはゆきっぺと小さい頃から一緒で、俺もよく遊んだ。……先週おばさんと歩いてた時は元気そうだったのに……なんで急に……」
「……そうか」
 相槌を待っているわけではない。答えを求めているわけでもない。それがわからないほど幼くはないが、フユニャンはそう言って頷いた。
 ケイゾウにとって、死は身近なものではなかった。少なくとも、昨日までは。今日初めて、彼は自分がよく知る存在の生が失われた事を知り、それを受け止めようとしている。そんな彼にかける言葉を、フユニャンは知らなかった。ただ、今の自分に出来ることがそれしかないことだけは知っていた。
「俺はまた……友達を守れなかった」
「ケイゾウ、それは違う」
「わかってる!……わかってるけど……だけど!」
 激昂したかのようにケイゾウは叫び、身体を起こした。だが勢いはそこまでで、数回口を開閉したかと思うと大きく息を吐きだし、フユニャンに背を向ける。そして――
「怖いんだ」
 ぽつりと落ちた言葉にフユニャンは眉を下げて項垂れ、それきり何も言わなくなってしまった背中を、じっと見つめた。

 時間にすれば短い、だが非常に長い静けさの後、フユニャンは小さく息を吐いた。
「一つ、お前に知っておいてほしいことがある」
 そう前置きしてケイゾウ近づくと、ふわりと彼の膝に降りた。胡坐の真ん中に腰を下ろして見上げ、迷い子のような視線を捕えて丸い目を細める。
「オレたち妖怪にとっての死は、忘れられる事なんだ」
「忘れられる事……?」
「ああ」
 オウム返しの言葉に頷いたフユニャンの視線が、少しだけ逸れる。ここではないどこかを見るように、遠い記憶を辿るように。ケイゾウにはわからない何かを見つめ、フユニャンは言葉を続けた。
「誰の目にも触れず、誰の記憶にも残らず、その存在を知る者が誰もいなくなった時、オレたちは死ぬ」
「……」
「逆に、お前がオレたちの友達として、オレたちのことを忘れずにいてくれれば……オレたち妖怪はずっと生きていける。それはきっと、人間もコロも、同じだと思う」
 フユニャンの視線が再びケイゾウへと向けられる。逸らすことを許さない強い瞳がケイゾウを捉え、そして頷く。
「コロは、お前や飼い主の家族が思い続ければ、心の中で生き続ける。オレも、お前がオレを必要としてくれる限り、ずっとそばにいる」
 ふわり、フユニャンの身体が浮かび上がった。ケイゾウの目の高さで止まり、その頬を両手で包みこむ。柔らかな肉球を押しつけるようにして真直ぐに視線を合わせてから、フユニャンは力強く微笑んだ。
「オレは絶対、お前を置いて逝かない」
 その瞬間、くしゃりとケイゾウの顔が歪んだ。唇をかみ、目元を拳でこすり上げ、だが今度はそばにいるフユニャンを押しのけようとはしない。存在を許容されている事を感じて、フユニャンはまた少しだけ浮き上がり、今度はケイゾウの頭にぽんと手を置いた。
「泣くな、ケイゾウ」
「うるせえ……泣いてなんか、ない」
「ふ、そうか」
 小さく笑って、影がまたその位置を変えた。フユニャンの鼻先がケイゾウの頬へと押し当てられる。猫のように体をすり寄せてから、フユニャンはケイゾウの頬を濡らす滴をそっと舐め取った。
 だがその感触は犬のそれとは違い、ザラリとしていて――
「痛ぇ」
 思わず漏れた言葉に、フユニャンがはっとしてケイゾウから離れた。眉を下げ、すまなそうに肩を落として目を伏せる。
「すまない。猫舌だからな」
「知ってる。……別に、このくらい平気だ」
 ぷいと横を向いたケイゾウが呟く。それは謝罪を受け入れたようにも、続きを促すようにも聞こえて、フユニャンは一瞬目を見開いてから緩やかに口角を上げた。再び甘えるように擦り寄ると、鼻先を押し当てて甘噛みし、痛みにならない程度に軽く舌先をケイゾウの肌に触れさせる。
 しっとり濡れた鼻と張りのあるヒゲ、柔らかな毛に少しザラついた舌先。異なる触感が交互に額や頬、耳や鼻を掠めていく感覚に、ケイゾウはたまらず笑い出した。
「や、やめろって、ははは……フユニャ、ちょっ、くすぐっくはははは」
「元気出たか?」
「出た出た、出たからもう、あははははははは」
 身を捩り、床を転がって逃げようとするのを、フユニャンが肩を押さえて阻む。シャツがずれて日焼けた首筋がむき出しになり、そこをカプリと甘噛みされた瞬間、ケイゾウの身体が跳ねた。