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ぐらにる  牡蠣

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 よくわからないことで盛り上がっているので、ニールはスルーして台所で料理を詰めることにした。これから準備して出発なので、あんまりのんびりされても困るのだ。きゃあきゃあと盛り上がっているのが、ニールの子供の頃のエピソードなので聴きたくもない。荷物を作ると、パンパンと手を打った。
「はい、宴会終了。ライル、夜食の用意は出来た。」
「おっ、サンキュー。じゃあ、グラハム。また今度、じっくりやろうぜ? 」
「ああ、二の姫。来訪を楽しみにしている。姫は恥ずかしがり屋さんで、あまり話してくれないので感謝する。」
「うるせぇー。」
「あははは・・・・それでも、あんたと一緒だと、かなり甘えてるほうなんだぜ? なあ、ニール? 」
「さっさと行け。・・・気をつけてな? 」
 実弟を玄関まで送り出して、別れのキスをしたら、亭主が、ジト目で背後で睨んでいた。


 一人は慌てて帰ったが、食事は続ける。ワインを飲みながら、熱いクラムチャウダーを口にして、ほっと息を吐く。かなりのオーバーワーク状態から離脱できたのは、実弟が本格的に、マイスターとして働くことになったからだ。
「二の姫も可愛いと思うのだが、お相手はいないのか? 」
「いや、いることはいるんだけど、相手が女性と結婚しそうでさ。それが職場結婚なんで、うちのほうに本格的に移籍したんだ。でも、うちは年下ばかりで、目論みは外れたみたいだぜ? 」
「紹介したほうがよければ・・・」
「兄弟揃って、ライバル会社の人間とくっついたら問題だろ? 」
「確かに。」
 ニールがライバル会社の役員と結婚したという事実は、実働部隊とオーナーぐらいしか知らない。さすがに公表するのはマズイ話だから、極秘扱いになっている。いっそ退職したほうがよかったのだが、仕事が忙しくて主軸のニールが抜けるわけにはいかなかったのだ。まずはマイスターと呼ばれるクラスのフードコーディネーターの育成を完了しなければ、ニールも離れられない状態で、ここ数年はワーカーホリックだったが、なんとか実働部隊もマイスターが育って安定してきた。
「それでも、まだまだなんだけどな。・・・フリーランスに戻れたら、もう少し時間を作れるんだが・・・」
「いや、以前よりは一緒に居られる時間も増えた。贅沢は言うまい。」
 二週間に二、三日は休めるようにはなったので、二人で暮らしていられる時間は増えた。こうやってニールが手料理を振舞えるのも、そのお陰だ。空いた食器は片付けて、ソファに移る。その間もグラハムは側を離れない。洗い物も二人でするからだ。
「あのクラムは、絶品だった。」
「お褒めに預かり光栄だが、残りはライルに渡したから、在庫はない。おまえさん、明日の予定は? 」
「有給休暇を申請した。きみとドライヴして市場で買い物しようと予定している。姫、サバサンドは? 」
「ああ、好きだぜ。アジでもタラでも魚のフライのサンドって美味いよな? 」
「ならば、明日のディナーは、ふたりで製作しよう。付け合せにはマッシュ。なんなら、ポテトサラダも、どうだろう? 」
「いいねぇ、それは。」
 わざわざ堅苦しいディナーなんか欲しくない。二人して、何かを作ったり食べたりするほうが楽しいので、休日は、ほぼ自炊だ。なんせ、普段は忙しくて外食ばかりになるから、こういう時に楽しみたい。どちらもジャガイモが好きだから、ついついメインになっていたりするが、二人が好物だから、それでいい。
「明後日から、ちょっと遠征する。予定は二週間。」
「私も出張だ。偶然の再会があればいい。」
「それは無理だな。都市部じゃないから逢うことはないと思うぞ。」
「まさか、人跡未踏の地ではあるまいな? 」
「そこまでじゃないけど近い。人跡未踏か・・・・どこか残ってるか? 」
「超深海は人跡未踏ではないか? あとは活火山の火口と・・・北極や南極にも残っているのではないかな。」
「いや、そこは食材がねぇーよ。深海なら、生き物はいるけど、他は細菌すらいねぇーだろ? 」
 そんなとこへ遠征しても意味がない、と、ニールがツッコミしつつグラスを傾ける。今日は、気分を変えてスコッチをストレートだ。アテには炒ったピーナッツで、モキモキと噛み潰して、グラハムに寄りかかった。
「酔ったフリかな? 姫。」
「うーん、どうしょうか? グラハム。酔ったフリで襲おうか? 」
「では返り討ちにして風呂に入れてさしあげよう。ゆっくりと姫を茹で上げて食べるとしよう。きみは牡蠣と一緒で、頑くなな殻を取り除けば、芳醇な香りをさせる裸体となる。柔らかく程好い弾力もあり、そして良い声だ。食べても食べても飽きない最高の食材だ。」
 寄りかかったニールの身体に手を回してグラハムは耳元に囁く。くすぐったいのか、姫は身体を震わせて微笑んでいる。北欧の人間だから姫の身体は白い。あっちこっちに傷跡があるのが、ニールの過去の戦歴を物語っていて、グラハムは楽しくなる。同じような傷跡がグラハムにもあって、ニールが愛しそうに口付けてくれる。
「今日は牡蠣ですか? グラハムさん。」
 すっかり、このおかしな言語にも慣れたので、ニールは笑うぐらいで済んでいる。結婚して数年もすれば、それなりに愛の言葉に聞こえるのだから、慣れとは怖ろしいものだ。
「きみは、私にとって最高の食材だ。いや、最高の伴侶というべきだったな。きみを見つけた自分の運命に感謝する。白バラのように清冽で可憐な姫を我が物にできたことは、私の最高の幸せだった。」
 この調子で延々とやられるので、面倒になったら氷をひとつ、口に含んでキスをする。ストレートで飲んでいるので、チェイサーに氷水を用意していた。押し付けるように氷をグラハムの口に押し込んでやると、また返って来る。そのうち融けてしまって、出し入れしていた舌が絡まりあう。どちらも本格的にキスに集中すると、もう音は聞こえない。絡まりあう舌のいやらしい水音だけの世界だ。上気した顔で相手を見ると、相手も微笑んだ瞳をしていた。
「積極的だ、姫。」
「デザートはいらないのか? まず茹で上げてくれるんだろ? 」
「もちろんだ。・・・・だが、もう少し、このままではいけないか? 姫と他愛もない話をするのも至福の時なのだ。・・・いや、姫は話さなくてもいい。私が話をする。・・・こうやって・・きみは感じていればいい・・・」
 するりと内腿に手が置かれ、ゆるゆると愛撫される。肝心なところには触れずに脇から腰骨を擦り、次に背中を愛撫される。順々に、感じるか感じない程度の僅かな愛撫は、余計に気分を盛り上げる。首筋を撫でられ、耳を舌で舐められる。身体は正直なもので、ゆっくりと足が開いて、グラハムの手を腰を揺らして誘うのを止められない。
「・・あ・・やっやだ・・・もっと・・」
「まだ、茹でるには下ごしらえが必要だ。・・・もっと赤く色づくまではダメだ。」
 それならと、グラハム自身に手を延ばしたら、あっさりと手を掴まれてソファに押し倒された。
「いけない姫だ。積極的なのは歓迎するが、私を篭絡したいなら言葉で誘ってくれないか? 」
「・・・無理・・・バカ・・・やっっ・・・風呂・・・いれて・・ちゃんと・・・なあ、グラハム・・・」
作品名:ぐらにる  牡蠣 作家名:篠義