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207号室の無人の夜

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 自習室を出てから少し迷って、結局屋内プールに向かった。プールサイドには入らず、廊下の窓から少ない照明に照らされたプールを覗くと、確かにバックを泳ぐ人影がある。少しフォームが崩れて見えた。今日は何時から練習していたのだろうか。同室になってから、なる前からこうして知らない間に自主練をしていたのだろうか。
 思い出せば、遅い時間になっても部屋に戻ってこないことがあった。てっきり誰かの部屋で盛り上がっているのかと思って気にしていなかったけど。消灯時間はあってもあまり厳しくないので、自分の欲求のままに相方不在の部屋で就寝していた。そんなときも練習していたのか。
 面倒見がよくて頼れる、いいセンパイの顔がぽつぽつと思い浮かぶ。一人きりのプールではもっと厳しい表情をしているんだろうという気がした。
 プールから上がるような動きが見えたので、足早に寮に戻って布団を被った。似鳥たちにも言われている。知られたくないことなんだから、知らんぷりしているべきだ。いつ戻ってくるのかなんて気にせず先に寝てしまおう。
 だけど、その日はなかなか眠気が降りてこなかった。慎重に静かに開閉される扉の音と、二段ベッドのきしむ音を敏感に捉えた。起こさないよう気を遣ってくれている魚住のたった一つのため息が耳について離れなかった。

 部屋に相方の姿が見えない夜はなんだか落ち着かなくて、なかなか寝付けなくなった。もう少し夜が更けたら静かにドアを開けて、プール上がりのにおいを纏ったままで二段ベッドのはしごを昇って布団に入る。
 部屋に入ってすぐ、小さく丸めた手荷物を抱えたままで一度ベッド前で立ち止まる。狸寝入りをして背を向けている百太郎には何をしているのか見えないけれど、視線だけ感じていた。ライバル心に満ちた鋭い視線か、もっと穏やかなものか。何を考えているのかわからなくて居心地が悪くて、早くはしごと昇ってくれるように息を潜める。
 同室になってからの数か月でずいぶん仲良くなって、考えていることだってわかってしまうつもりだったのに、最近は以前と変わらず笑いかけてくれても素直に受け取れなくなっていた。そんなことで疑うのも、モヤモヤを黙って抱え込むのも性に合わないのに、本人に直接訊くこともできていない。言いたいのに言えないなんて初めてだ。女の子相手だって、フラれても次があると思えるのに、臆病風に吹かれて口に出せない。何を言ったところで魚住に嫌われるシーンが思い浮かぶことはないのに。
 生まれてこの方経験したこともないすっきりしない気分が続いたおかげで食も細っていた。
「モモくんおかわりもういいの?まだ三杯しか食べてないじゃない」
 二杯目の味噌汁をやっと飲み干した似鳥が器を重ねながら向かいの百太郎のトレイを覗き込んだ。寮の食事は選択制で、おかわり自由の白米と味噌汁が食べ盛りの男子高生達を支えている。
「最近色々考えると箸が進まなくて……」
「モモくん……」
「部屋に戻ってからおやつ食べちゃうんでお小遣いがキビシイッス……」
「うん、それは自業自得だね」
 かぶせ気味に言い切られた。
「最近タイムも落ちてるよね。モモくんでも他人のことが気になって調子を崩すなんてことがあるんだ」
「そういうわけじゃ……」
 リレーの枠を譲ろうと思ってわざと遅く泳いでいるわけではない。そんな真似、魚住本人が嫌がるだろうし、百太郎自身も嫌だ。練習だってふざけているわけじゃない。真面目に取り組んでいるのに結果が落ち込んでいるのだ。
 言い淀んだ気持ちを似鳥はとっくに察していて、頷いてくれた。
「モモくんは気分に左右されすぎなんだよ」
「でも、じゃあどうしたらいいンすか」
「魚住くんとは話してみたの?」
「言えないッスよ。美波センパイが、魚住センパイが俺には知られたくないって。似鳥センパイだって、そっとしておけって言ったじゃないッスか」
 ついつい言葉に力が入ってしまった。人気の少ない食堂に残っていた何人かがチラチラ送ってくる。似鳥がその視線に片手を上げて「なんでもない」というポーズをとった。
「スイマセン……」
「そうだ。今夜は魚住くんは自主練にこないはずだから、僕と二人で練習してみる?」
「へ?……いいッスけど」
「部活のときとは気分が変わって集中できるかも」
 そういうものだろうか。半信半疑ながら、似鳥と待ち合わせた時間に屋内プールへやってきた。魚住には似鳥から伝わっていて、何でもない様子で「遅くなりすぎるなよ」と送り出された。最近の不調は魚住も知っているので、部長の似鳥と一緒に自主練をすることに不思議はないらしい。
 最小限の灯をつけた薄暗い廊下を抜けてプールサイドに出る。プールは照明がなくても窓からの月明かりで明るく見えた。これだけでも十分泳げそうだ。似鳥がパチパチとスイッチを入れると室内の半分だけ照明がついた。静かで、水面に波紋ひとつない。
 数時間前に部活で使ったプールなのに、誰もいないというだけで別の世界にいるみたいだった。温度計で見る気温よりも肌寒く感じる。
 広い場所で一人きりは孤独が強調されるようだ。寮の部屋で独りぼっちとはわけが違う。孤独感と寂しい気持ちは同じものだと思っていたけど、今まで自分が感じたことのある寂しさとは別の、周りに頼れるものが何もないような気持ちになった。
 その新鮮な孤独感を打ち破って似鳥が視界に踏み込み、そのままスターティングブロックに立った。
「じゃあ、僕が止めるまで好きに練習していいから。後でタイムも計ろう」
 そしてゴーグルをはめて水の中へ飛び込んでいった。一人分の水しぶきが上がり、一つのレーンだけ水が揺れる。どんどん向こう岸に向かっていく似鳥に置いて行かれるようで、百太郎も急いで入水した。星空を見上げながら泳ぐのは初めてだった。
 夜のプールなら集中できるかも、なんて言っていたけど、静けさが落ち着かず、昼間より余計な考えが頭を埋め尽くした。がむしゃらに手足を動かしても早く泳げている気がしない。実際フォームも乱れきって見るからにダメだったのだろう。二往復したところで似鳥に止められてプールから上がった。
「どう?夜のプールっていつもと何か違うでしょ?」
「なんか、本当に世界に独りぼっちみたいな気分ッス」
 答えると似鳥は少し驚いた表情をした。
「意外だなあ。モモくんはこういう非日常っぽいものを面白がると思ってた」
 そうかもしれない。何も悩んでいなかったらプールを独り占めできてラッキーだとか、泳ぎながら星を見るのに夢中でプールの壁にぶつかったりして。今は普段と見え方が違うのだ。自分自身の変化に戸惑う。
「今、俺ヘンだ……」
 何がどうとは説明ができないけど、少なくとも悩みなれていない。どうしていいかわからない。
 頭を抱える百太郎とは対照的に似鳥は笑った。笑い声が薄情に響いて恨みがましい目で見上げる。
「ごめんごめん。本当にモモくんらしくないから面白くって」
「似鳥センパイひどいッスー!」
「ごめんってば。でもさ、モモくん、前にストレスを感じたいって言ってたよね?」
作品名:207号室の無人の夜 作家名:3丁目