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207号室の無人の夜

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 同室のときの話だ。大人っぽくなりたくて、大人といえばストレスを抱えている、自分に足りないのはストレスを感じることだと閃き、似鳥に相談したのだ。どうしたらストレスを感じられるのか?結局、苦手なことをしても落ち込むシチュエーションでもストレスを溜め込むことはない、という結論に至って、提案を片っ端から却下された似鳥のストレスだけが溜まっていった。
「今感じてるのがストレスだよ。元気が出なくて、ごはんも美味しく食べられなくて、すっきりしないでしょ?」
「これがストレス……」
 なるほど。みんなが解消したがるわけだ。思いがけない発見だ。
「ストレスを感じてみて、大人に近づけた?」
「…………俺、今大人っぽいです?」
「えー?…………うーん、そうだなあ、いつもよりは落ち着いて見える、かな?」
 随分間があったが、恐らく、ちょっとは大人っぽくなったという意味だと思う。いつもならば喜ぶところだけど、ストレスというのは厄介なもので、あまり浮かれた気持ちにはならなかった。
「やっぱりいつもと違うね、モモくん」
「そうッスか?」
「女の子にフラれてもすぐ立ち直れるのに今回はダメなの?」
「だって……女の子は明日には気が変わってるかもしれないけど、うおっちセンパイのリレーに次はないじゃないッスか」
「じゃあ来年があるモモくんが譲るの?」
「それもダメです」
「じゃあ頑張るしかないよね。魚住くんもさ、一人で頑張ってるんだもん」
「似鳥センパイ……」
「世界に独りぼっちみたいな気分、わかるよ。僕も去年の夏のリレーに選ばれたくて一人で泳いでたから」
 去年も、同室だった似鳥が夜中に自主練していることを知らなかった。去年のリレーメンバーだった先輩たちは知っていたようだったけど、百太郎は後になって話を聞いて、深く考えることもなく「スッゲー!」という薄っぺらいコメントをした。
「人目を気にせずやれると思ったけど、一人で泳いでると自分が今どのへんなのか、ちゃんと強くなってるのかわからなくなって、がむしゃらに泳いでたら山崎先輩に注意されたんだ」
 春に卒業した山崎宗介はリレーメンバーで、だけど肩を故障していた。自分に厳しく、無理な練習を続けて怪我を拗らせていた。そんな状態で競泳を諦めるつもりでこの学園に来て、親友である松岡凛がリレーで見た何かを自分も掴みたくてリレーメンバーに加わった。みんなそれぞれが自分のために、みんなのために、山崎宗介のために全力を超えて泳いだ。そんなリレーだった。
「魚住くんも多分そうなんだよ。無茶してないか、様子を見に来てるから、そこは大丈夫だけどね」
 これでも僕は部長だし。わざとらしく胸を張る。先代部長に指名されたときはどこか不安そうな顔をしていて、それでも同じ学年の仲間からは「お前しかいない」と認められていて、祝福するみんなが「似鳥を支えてやる」という顔をしていた。だけど、今は誰も「支えてやる」なんて思っていないだろう。見た目以上にしっかりした似鳥のことを、みんな頼もしく思っている。
「モモくんの調子が出なかったら、魚住くんはずっと一人ぼっちでがむしゃらにやるしかないんだよ。それって、全力を出して負けるよりもすっきりしないと思わない?」
「でも、俺……」
 弱気を追い払うように背中をバシンと叩かれた。
「男だろ、御子柴百太郎!思い悩んで立ち止まるのが大人だと思うなら子供のままでいいよ。僕らはモモくんに大人っぽさなんか期待してないんだから」
「イタッ……何スかそれ!大人な俺の魅力をもっと見出してくださいよ!」
「言っとくけどストレスを感じてる部分に魅力なんてないから」
「ええー?!」
 苦情を受け付けず立ち上がると、似鳥はつけ直したゴーグルのゴムを後頭部で引いてパチンと鳴らした。
「さ、そろそろ休憩終わり!フォームの乱れに気を付けてもう一本だよ」
「…………センパイ、俺、うおっちセンパイに勝っていいンすよね」
「勝てるもんならね」
 首に下げていたゴーグルを引き上げた。両手で頬を叩く代わりに似鳥の真似をして、思いっきりゴムを引いて後頭部を打つ。
「おっし!」
 そして静かに揺らぐ水の中に舞い戻った。

 二日後も空の澄んだいい月夜だった。
 あんまり月が明るいので、自分一人のために照明をつけるのがもったいなくて、月明かりだけを頼りに泳ぎ続けた。
 泳ぎ始めてから十五分ほどでドアの開閉音がして、似鳥が様子を見に来たのだと思ってスターティングブロックの陰から顔を出した。照明をつけていないおかげで入り口付近は薄暗く、予想通りに一人の人影を見つけたけれど、様子見の似鳥とは違う、水着姿だった。
「誰だ」
 声をかけてすぐに魚住は気づいた。
「センパイ、すいません。ここにいること、美波センパイたちに聞いちゃいました」
 ここに来るってことはそうだろう。寮で同室なのだから、いつかはバレることだった。ただ格好悪いから、仲間に口止めしていただけだ。後輩を出し抜こうと知らないところで必死に練習しているなんて先輩の沽券も何もあったもんじゃない。
 知ったら、百太郎は一緒に練習すると言い出すんじゃないかと思っていたから、水着で現れたのも不思議には思わなかった。
「別にいいぜ。謝られることでもねえよ」
 許したらすぐに犬みたいにコロコロ駆け寄ってきて隣のレーンに入るものだと思っていた。だけど百太郎はプールサイドで立ち止まって頭を下げた。
「魚住先輩、俺と勝負してください」
 面喰って言葉が出ない。ただ、いつもとは違うんだな、と理解した。いつもはふざけてばっかりいるのに、今はちゃんと名前を呼ぶんだな。
 何か尋ねなくても硬い意志で来たのだとわかる。
「わかった」
 隣のレーンを示すとキャップとゴーグルをつけて入水した。ゴーグルのゴムを引っ張りパチンとやる。この春に競泳をやるためオーストラリアに旅立った松岡先輩みたいだ。先輩の真似をして似鳥もそれをやる。気合を入れる儀式だ。
 多分、この勝負は特別だ。正確なタイムは計れない。合図をする者もいない。リレーメンバー選抜には関係のない勝負だ。だけど、きっとここでの勝敗が決定的に優劣をつける。そういう勝負だと思った。
 スターティンググリップを握って壁に足の裏をつけ、力をためる。
 適当にセットした携帯のアラームが鳴って、二人同時に壁を蹴った。
 ほんの一瞬宙に体が放り出され、すぐに水に潜る。スタートから15mまでは潜水したままバサロで進み、15m地点までに水面に顔を出す。百太郎はバサロが速い。スタートからすぐに百太郎が先行した。魚住にとっては承知のことだ。勝負は水面に浮かんでからだ。
 体を滑らかに動かし、肩は油の効いた機械のように、左右乱れなく動かす。体は腹筋に力を込めて真っ直ぐに。ひとかきひとかきをなるべく遠くまで手を伸ばし、水を掴み、推進力を得る。体が船のように進んでいく。
 ターン目前で百太郎に並び、僅かに早くターンした。そこからはまた15mまでバサロが許されている。百太郎よりも早い地点で水面に浮上し、先にバックストロークを開始した。
作品名:207号室の無人の夜 作家名:3丁目