ゴーストハント 車椅子麻衣シリーズ 始まりの時 2
ナルはあたしに気づくとすぐに来てくれて、車椅子を押してくれた。
《おはようございます》
「おはようございます、谷山さん。今日の体の調子は?」
《いいですよ。はじめての朝なのに寝坊しちゃった》
「良いんですよ。しばらくは体に溜まった疲れを癒すのが先決です。ナルも昨日の夜、本を読みながら居眠りをしていましたから」
《えー?ナルが居眠り?見たかったなー》
「そんなもの見なくていい。それより、いつまでその恰好をしているつもりなんだ?ここは東京、それも調査のない日だぞ」
ナルはテーブルに車椅子を付けてくれた。
《なんだかねー。いまさら洋服着るのもなんかおかしい気がして。黒地の着物仕立てようかな》
どちらにしても着替えるのに時間がかかるんだよね。
そう言うと、ナルは何かを考え始めた。
そして、リンさんに言う。
「リン、今日は始業時間を少し遅らせる。麻衣の着物をあつらえに行く」
「はい。安原さんも午後からですし、少々遅くなっても大丈夫でしょう。谷山さん、どのような着物がいいですか?」
《んー。あんまり華美にならないもの。年金やら何やらで、結構収入はあるけど、たくさんは使えないし……朱雀とかならいいかな》
「なら、四神の絵柄の着物を四つ作ればいいじゃないか」
《えー、だってお金かかるもん。ちょっと小金持ちの一般人だよ?あたし》
リンさんが縁起のいい微笑で言う。
「いいのではありませんか?着物は仕事着としてSPRの経費で落としましょう。それならばいいでしょう?」
《リンさんもナルも甘やかしすぎ!お財布の紐は、締めるときにはちゃんと締めなくちゃいけないの!》
「金糸、銀糸で描かれた四神ならば魔除けにもなります。依頼の場所に赴く際、方角によって着物を変えてみるのもよいのではないでしょうか」
そう言いながらリンさんは美味しそうなチャーハンを器に盛ってきてくれる。
なんかさりげなく無視したよね、リンさん。
もーいい。
好きなようにしてください。
あたしはあきらめてチャーハンを口に運んだ。
《えーと、黒の下地は光沢のないもので、絵柄は違うものを四枚。模様は青龍、白虎、朱雀、玄武、の四つ。刺繍の場所は裾に近いところのみで、刺繍は金糸と銀糸のみ。四神だと分かれば縁取りだけでも構いません。むしろ仕事着なので華美にならないようにしたいんです》
ナルは谷山さんが着物の注文をしている間、別の着物を見ていた。
肩口に染め抜かれた満月。
降り注ぐ淡い光が、群青の夜を淡く照らす。
淡い群青は裾に向かって濃い群青になり、裾に蛍の染が入っている。
ナルがじっと見ているところを見ると、ナルはその着物を彼女が着たらよく似合うだろうと思っているのだろう。
「あの着物では目立ってしまいます。別に着物を一揃い買いましょうか?」
「そうだな」
「――着物はあれでよろしいですか?」
そう聞くとナルは驚いたように私を振り返る。
「分かりますよ。貴方はずっとあの着物だけを見ていたから」
私はポンとナルの肩に手を乗せると、売れてしまう前に着物を買いに行った。
採寸を済ませ、着替えようとしたところに、ナルからということで、群青色に蛍の染の着物と、薄い青地に、控えめに花の刺繍がしてある帯を差し入れられる。
着物の仕立て代さえ結構なものなのに、その上こんなに綺麗な着物をくれるなんて、嬉しい。
本当に嬉しい。
あたしは着物に袖を通す。
着物は訪問着で、あたしが着てきたものと丈もそんなに変わらない。
お師様の処では着物が当たり前だったから、いつの間にか着付けもうまくなった。
ふわりと体をPKで支え、着物を整える。
帯をいつも使っているお太鼓結びにしてしっかり締める。
全てが終わって試着室のカーテンを開けると、ナルが気づいてあたしを抱えて車椅子まで連れて行ってくれた。
それを見た店員さんはほぅ……とためいき息をついた。
「いまどきお太鼓結びなんてできる御嬢さんは、なかなかいらっしゃいませんよ。お似合いです」
《ありがとうございます》
「着ていらっしゃった着物は、畳んでお連れのお客様にお渡ししました。それでは出来上がり次第、ご連絡を差し上げます。ありがとうございました。お体をご自愛ください」
ナルに車椅子を押してもらって駐車場に行くと、後部座席のあたしが座るはずのところに、なぜかもう一枚、畳紙に包まれた着物があった。
「今着ていらっしゃるのはナルから。そちらは私からのものです。いつも同じ着物というわけにも行かないでしょう?一応、谷山さんに似合いそうな柄を選んだのですが、後はお店の方にお願いしてしまったので、気に入っていただけるかは分かりませんがよろしかったらどうぞ」
《ナルも、リンさんも……ありがとう。とっても嬉しい。大切にするね》
二人はあたしを見て微笑む。優しい微笑み。幸せだね、あたし。
その日の午後、電話が鳴った。
すぐに鳴りやんだってことは、誰かが取ったってことだよね。
そんなことを思いながら、ナルが用意してくれた、車椅子でも仕事のしやすい、ユニバーサルデザインのデスクで資料の仕分けをした。
修行中、ナルが筆を使って符を作るのに、すごく手間取ってたのを見たとき、ああ……勉強しなくちゃ、と思った。
だから、空いた時間はまず英語の勉強をしている。
先生はもっぱら安原さんとリンさん。
二人とも親切に教えてくれるし、2時間勉強したら30分休憩って約束したから体もしんどくない。
京都の修行中、何時間座禅を組んでいられるか試されて、正座しか出来ないあたしは座禅ではなく正座で参加した。
けれど、2日目の朝にドクターストップがかかった。
お師様は医学にも精通してたから、あたしの足を診てくれた。
足の感覚が無いからずっと座っていたあたし。
診てもらったらうっ血して赤黒い色をしていた。
「麻衣、しばらく正座禁止。食事はリンとキッチンで取るように」
《はい……ご迷惑をおかけして申し訳ありません》
お師様はポンと頭に手を乗せるとにいっと笑って、
「お前さんの足のことを忘れていた、私にも責任がある。早々に音を上げたナルには、それ相応の対処をしてあげるから、ゆっくりしていなさい」
《ならば式神と、符術の勉強をしていてもよろしいでしょうか?》
お師様は目を見開くと、ワシワシとあたしの頭に乗せた手で髪の毛をかきまわした。
「麻衣は努力家だな。車椅子の上でならよしとしよう。だが無理はしてはいけないよ。そうだな……2時間に一回休憩を取ること。最低30分。必ず守るんだよ。お目付け役にリンを付けるからね」
《でも、リンさんはナルの――》
「危ないことはないからね。無理にでも了承させるさ。麻衣はナルとリンのお気に入りだからね」
お気に入り?あたしが?ナルとリンさんの?
確かに修行がしたいと言った時に、付いて来てくれたのは2人だ。
それに何かと世話を焼いてくれる。
修行中にほかの弟子にいわれのないことでつっかかられた時も、二人は守ってくれた。
――そっか……あたし、二人に気に入ってもらってるんだ。
気が付くとなんだか嬉しかった。
「麻衣、無理をさせてすまない」
所長室から出てきたナルは、本当に申し訳なさそうにしている。
作品名:ゴーストハント 車椅子麻衣シリーズ 始まりの時 2 作家名:夢羅