ゴーストハント 車椅子麻衣シリーズ 始まりの時 3
「あ、ごめん。……スウ、君が空を飛ぶ目標は応援するけどさ、ところかまわず落ちるのやめてくれない?君だって今まで何度踏まれたか覚えてないくせに」
「踏んだのか」
「うん」
・・・・・・。
「さ、お茶が冷めちゃうよ。興徐も落ち込んでないでおいでよ。ベンもおいで~」
リンはいつも以上に辛気臭さを身にまとって、セント・バーナードとともにリビングに来る。
それでも奏の隣にしっかり陣取っているところは、SPR随一の万年新婚カップルと呼ばれるだけある。
《奏さん》
「ん?奏でいいよ?で、どうしたの?麻衣」
《素朴な疑問なんですが》
「何でも聞いていーよー」
麻衣は奏の掌の上で、何事もなかったかのように毛づくろいする、文鳥に視線を向ける。
《その子、踏んじゃったって子ですよね?》
「うん。麻衣、敬語は無しって言ったよね?」
《あ、ごめん》
「はい、それでよし。で、スウを踏んじゃったって話だよね」
こくんと頷く麻衣。
奏は笑いながら窓際に勢ぞろいした猫軍団に目をやる。
「スウはね、空を飛びたかったんだけど、生まれてすぐに、逃げないように羽を切られちゃった子なんだ。まぁ、今日日、それが当たり前の世の中なんだけど。で、スウの夢は空を飛んでみたい。でも、羽を切られる前の記憶なんて無い。思いっきり空を飛んだことがないから、飛ぶって感覚が分からないんだ。だからいつまでたっても飛べない。この頃はちょっと飛べるようになったけど、すぐ落ちるから、気がつかないと踏んじゃうってわけさ。あとは、猫軍団に襲われちゃうとか。ま、本人死んでるから、踏まれたって、猫軍団のお腹の中だって、気にはならないけどね。ただし、気をつけなくちゃいけないのがこの子の悲鳴なんだ」
《悲鳴?》
「火災報知機、と呼ばれています」
そういったのはやっと復活したリン。
奏は当たり前のようにリンの腕に自分の腕を絡める。
そしてそのままリンの肩に頭を寄りかける。
奏の掌に乗っていた文鳥は、今はテーブルの上に我が物顔で座っている。
「サイレンとも言うよね。とにかく、とんでもない声出すから、夜寝るときは鳥籠に入れてるんだ」
それから奏は動物たちの紹介を始めた。
大型のものはさっきのセント・バーナード。
小型のものはリス、文鳥、すずめと、多種多様の動物がリビング内を歩き回る。
もともと動物好きの麻衣は、たくさんの動物に囲まれて、嬉しそうに笑っている。
「楽しい?」
《うん!夢みたい》
小動物に肩や指先を占領されて、擦り寄られる麻衣は、本当に楽しそうだ。
イギリスというなれない土地で、僕の気づかない間にストレスをためていた麻衣は、どうやらここで、霊とはいえ動物と触れ合うことで、癒されているようだ。
わざとここに呼んだ奏は、それを狙っていたのかもしれない。
「わふ」
麻衣の膝の上にベンの大きな頭が載せられる。
ぼすっと音がするほどどっかり乗せられた頭に、麻衣もきょとんとしている。
《もしかして……撫でてほしいの?》
「わふっ」
「撫でてやって。ベンはお客さんに頭を撫でてもらうのが大好きなんだ」
麻衣は状況を理解しているかのように、離れていった小動物を見ると、そっとベンの頭に触れた。
《わー、ふわふわだぁ》
体を倒してベンの首に抱きつく麻衣。
ベンはおとなしくされるがままで、ゆるりゆるりと尻尾を振っていた。
《ねぇ、奏。こういうことってあたしにもできるかなぁ》
散々遊び倒して、日が落ちそうになった頃、麻衣はお気に入りになったベンを、そっと撫でながら言った。
ベンはソファーの上に登り、僕とは反対側に陣取ると、麻衣の膝に頭を乗せて気持ちよさそうに目を閉じている。
「うーん、コツつかんじゃえばねー。ま、麻衣は視えるし、優しいからすぐにできるようになるよ。慣れると仕事のお手伝いとかしてくれるし、浄霊していくときの嬉しそうな姿見ると、こっちも嬉しくなるんだよね」
何杯目になっただろうか。
紅茶のおかわりを給仕した奏は、ふわりと微笑んだ。
「あ、電話だ。ちょっと待ってて」
奏はマナーモードにしていたらしい携帯をポケットから取り出して席をはずす。
そろそろ僕たちも帰るか。
立ち上がろうとした僕に、戻ってきた奏は携帯を差し出す。
「まどかから。ナルに代われって」
携帯を受け取り耳に当てる。
「まどか?」
[あ、ナル?さっき用事があってルエラに電話したの。ナルたちはどこにいるの?って聞かれたから、奏ちゃんのところにいるのよって伝えたら、奏ちゃんとリンがよければ、泊めていただきなさいって。奏ちゃんにはOKもらったから、麻衣ちゃんと一緒に一晩泊めてもらいなさい]
余計なことを。
けれどルエラとまどかには逆らえない。
ひとつ溜息を吐くと僕は「分かった」と一言だけ返事をして電話を切った。
「麻衣、まどかから伝言。ルエラから、今夜はここに泊めてもらえとのことだ」
《えっいいの?》
麻衣は驚いたように僕の顔を見て、次に奏の顔を見た。
《ご迷惑じゃ……》
「うちはいつでも大歓迎だよ?ボクたちベジタリアンだから、精進決済のほうも大丈夫。部屋もたくさんあるし、このフロアー全体に何重にも結界が張ってあるから、安心だしね」
「そうですね。もう日も落ちますし、ここはSPR中で一番安全なところです。ベン達も懐いているようですし、谷山さんとナルがよろしかったらどうぞ泊まっていってください。奏はとても料理上手ですから、夕食も期待できますよ」
ふわりと笑いあい、寄り添う奏とリン。
夫婦というものはこんなにも幸せなものなのだろうか。
だとしたら、なってもいいと思った。
勿論相手は麻衣しか考えられない。
麻衣もDr.という地位を持った。
もう僕たちには邪魔するものはない。
今まではパトロンの娘たちが煩かったし、僕にも立場があったから麻衣と結婚するのは難しいと思っていた。
僕がよくても、麻衣が苦労するだろうと思った。
けれど、麻衣は自ら道を切り開いた。自由と声を代償として。
いつからだろう、こんなに麻衣が大きな存在になっていたのは。
不謹慎といわれようとも、事故にあった麻衣を僕は自分のものにしたい。
守りたいと思う。
僕は、ひそかに今回の帰国に便乗して、麻衣と婚約しようと思っている。
イギリス最終日にサー・ドリー主催のパーティーがある。
そこで婚約の発表をしようと考えているのだ。
サー・ドリーにはすでに根回し済み。
リンにも僕の意思を伝えて、麻衣には内緒で鶯色に御所車の、華やかな、けれど下品にならない麻衣に似合うだろう着物を用意している。
麻衣のメンタル面はまどかとルエラに任せるつもりだったが、どうやら奏が何とかしてくれそうだ。
「麻衣、好意に甘えるとしよう。それに、リンの言うとおり奏の料理の腕はプロ級だぞ。きっとお前も喜ぶ」
《ナルがそういうなら。一晩お世話になります》
「よーし。夕飯は期待してて。腕によりをかけておもてなしするからね。先にシャワー使って。麻衣は介助が必要?」
《PKを使えば大丈夫》
「そう。だったらナル、麻衣をシャワールームへ連れてってあげて。突き当りを右に曲がったとこ。ボクは麻衣が着られそうな服を用意するから」
奏はそういうと、ふわりと笑い、奥の部屋へと歩いていった。
作品名:ゴーストハント 車椅子麻衣シリーズ 始まりの時 3 作家名:夢羅