魔法少年とーりす☆マギカ 第二話「ホープ・ダイヤモンド」
このままじゃ勝てない。 化け物は倒せない。 戦い続けなければフェリクスが危ないんだ。 でもいつまで? いつまで俺は戦い続ければいい?
喉元の緋は少しだけ輝きが弱っているように見えた。 その明かりは、電池の切れかかった懐中電灯。 力尽きる寸前の最後の点灯、瞬きを想起した。
或いは、彼の心は既に猛禽達に啄まれていたのかもしれない。
無心で緋の魔法少年は拳を振り翳し、鋭利な刃の海に呑まれ、身体中に傷を受け、それでもなお、無二の友を魔の手から守る為に、彼は緋の一振りを携え、未だ死地の只中に居る。 ここで犬死、一巻の終わりかも知れない。 それを思考が認めてしまえば、あっという間に身はくずおれるような、脆弱で儚い心を必死で守りながら。
「「マルゾ・デル・レ」」
不思議な単語の混声。 煌めくライラックの五線に包まれた琥珀の宝刀が一振り、双頭鷲の軍勢目がけ、回転しながら舞い飛んだ。 遠目に二つの影。 彼らの記憶にもある影だった。
落下と共に宝刀は半分の大きさ二振りに分離し、それら二振りが更に分離、さらにまた二振り… 加速度的に分離増殖した無数の小型ナイフは五線を押し広げ、光の投網となり軍勢を圧倒していく! 寸でトーリスはフェリクスを抱えて共に網から逃れ、呑まれた軍勢は揃って痙攣。 随意の動作を封じられていた。 二つの影はトーリス達を守るような位置にそっと降り立つ。 やはり、彼らであった。
「このお馬鹿さんが。 倒すべき魔女はあれではありません」
「でも放置はできません、やっつけましょう」
魔女。 ファンタジー映画の中でしか聞いた覚えのない単語は、ローデリヒとエリゼベータの間で、確かに何がしかを表す言葉として機能している様に聞こえた。 少年少女の左中指に嵌った指輪は煌めきながら形を変え、ライラックの石に十六休符のシンボル、琥珀の石にパーセント記号に似たシンボル。 細部は違えど、トーリスの持つ守りの宝石に瓜二つの姿となった。 少年は両手で頭上に掲げ、少女は胸元に近づけ、バイカラーの閃きが逆襲の機を告げる。
ライラックの軌跡はインクの染み状に少年の身を纏わり、琥珀のダイヤモンドダストは収束し、少女の体表に艶めく漣が広がり、 ―十六休符は彼の左掌、パーセント記号もどきは彼女の胸の谷間に収まった。 ローデリヒはゆったりとした、音楽記号の意匠が随所に飾られた外套を、腰骨の下あたり、巻物の様に紙が巻かれたホルダーのベルトで、腰回りが絞られた装束。 装飾が豪奢過ぎて扱いにくそうなペンを手にしている。 対してエリゼベータは、フリルやドレープが惜し気なく飾られたチュニックを胸の下とウエストで二度編み上げ絞った上着。 下は古風な意匠のホットパンツ。裾の外腿辺りから飾りベルトが垂れ下がり、甲冑のような金属質の重厚なショートブーツを履いている。 靴下やストッキングの類は無い。 谷間に収まる宝石周囲の切り込みや、1キロ2キロでは済まなさそうな重量の… 二振りの剣を強引に繋げた様な、柄に対して刃が平行に伸びる無骨な形状の武器が、彼女の奥底に秘めた本性を言わずとして語っている。 装備を済ませた少年少女は示し合わせたように、互いの持ち物を軽く打ち鳴らし構えた。
「「アニマ・オーケストリ!!」」
「「「МойМойМойМойМойМойМой!!!!!」」」
交差する刃とペン。 相容れぬ物の象徴と教わったそれからは可視の交響が放たれ、作られた豊饒の地は音を立てて引き剥がされ、作られた敵役。 双頭の鷲人形たちはその身を、元の何ともつかぬ屑肉へ。 あるべき姿に戻らんと悲鳴を上げながら内部崩壊していった。 後に残るのは、空も地面も赤く染まった、貸し事務所程度の広さの空間。 ガラスの砕け落ちた桜並木のステンドグラス。 太鼓の音はもう聞こえない。 異常な静寂が支配する世界。 その中心に居るのは―
「あれが… 魔女のようですね」
古びた工業部品で形作られた、極端なデフォルメをされた女性型。 破けたストッキングや穴だらけのジャンパースカートはまるで産業革命辺りのガラクタを集めて作ったような印象である。 左胸部を表現していたと思しき部品は何処にも無く、がらんどうの穴にはリボンを結ばれた歯車が覗く。 その両腕は、手編みと思しき不揃いな編み目のマフラーで、ぐるぐる巻きにされた何かを抱えていた。 魔女と言うには程遠い、スクラップの化け物の様な姿。 光の強すぎるスポットライトで照らされたそれは、軋轢音を上げ、何かのマフラー巻きを抱えたまま、存在しない左胸に手を当て、ゆっくりと身を揺らす。 そんな光景は、何処か懐かしさと物悲しさすら覚える。 トーリスはつい不用意に近づいてしまう。 ローデリヒは咎めるが、魔女は何もしてこない。
「まあ、確かに。 哀れではあります。 ですが放置すれば、町の人を襲い使い魔… 先の鷲頭の様な、危険な化け物を生んでしまう」
ずれた眼鏡を直しながらローデリヒは言った。 冷徹な響きだが、その何処かに、言い表せない苦悩を隠そうとした痕跡が見えた。 傍のエリゼベータは言葉では答えなかったが、手に持った武器を頭上に構える。 一瞬見えたその瞳は、今にも涙が零れそうな程に潤んでいた。
足下の黒に虹色の皮膜が浮く。 これが、ガラクタ仕立ての魔女が見せた最初で最期の鼓動であった。 彼女の世界が、終わる。 魔女の遺骸は、音を立てて崩れ落ちた。 【魔女であったもの】が抱えていたそれは、マフラーに巻かれていたそれは、巻物を紐解くように本来の姿を少年たちに見せた。 真っ白な布で作られた、掌大程の小さなぬいぐるみ。 不格好で何をモチーフにしたのかは分からないが、強いて言えば白熊に似ているだろうか。 小学生の頃、家族のうち自分だけが風邪をひいて動物園に行けなかったあの時。 風邪が治った日の朝、フェリクスが弟二人と一緒に、絆創膏だらけの手で、ライオン風のぬいぐるみをプレゼントしてくれた事。 目に映るそれは別物の筈だ。 だが、別物では無い気がした。 徐々にトーリスの目は潤む。 彼を支えていた筈のフェリクスは目元を拭い、何かを察したように、ぬいぐるみをスラックスのポケットにそっと入れた。
先ほど本棚の奥で見つけた、銀の枠に守られた、黒い宝石。 しかし見つけた時ほどの不穏な気配は感じない。 横倒しの世界。 いや違う。 トーリスは床に倒れていただけだった。 親友は黒の宝石を丁重に拾い上げる。 らしくないな、と思いつつ彼は身を起こす。 集合場所に決めた机の上に、命を二度救われた緋色の宝石が鎮座している。 意味は無い気もするが軽い会釈をした。 麦畑の世界で見た時よりも、石は僅かに輝きを増したように見えた。
「少し濁っていましたので。 グリーフシードで綺麗にしておきました」
流された視線に応じるように、フェリクスが黒い宝石の頂点、桜に似た形の飾りをつまんで仰々しく見せた。 あの黒い宝石はグリーフシードと言うらしい。 例えばロールプレイングゲームで、モンスターを倒した時にお金を落とすような【お約束】なのだろうか。 トーリスはあまり、テレビゲームの類は本腰を入れて遊んだ事は無いが、どうもしゃっきりしない、ある種のご都合主義っぽさを感じずにはいられなかった。
作品名:魔法少年とーりす☆マギカ 第二話「ホープ・ダイヤモンド」 作家名:靴ベラジカ