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【弱ペダ】クライマー、クライマー

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 僕は頭を抱えて悶えながら、床を転がりたい気持ちを辛うじて抑える。僕はこんな態度をとりたいんじゃない! 鏑木のように、堂々と「マジリスペクトだ!」くらい言いたい! いや、そんな言葉じゃ言い表せないくらい、小野田さんを尊敬しているんだ!
 ただ、緊張してるだけなんです。ああ、もう。どうしたらいいんだ。
 僕は心の中で、いや、胃の中でも頭の中でも思いっきり頭を抱えた。叫んでいいなら、「オーマイガー!」ぐらい叫んでいた。

 結局僕は峰ヶ山に入った所で、リタイアになった。ウェルカムレースでリタイア。これまでの人生で、初めての黒星だ。言い訳のしようもない、負けだった。
 なぜなら、ロードレーサーでも山に登れなかったからだ。二十二人もいた新入生で、僕が一番最初にリタイアした。余りの情けない成績に、すぐさま辞めてやろうと思っていたのに。レースが終わった後に、突然小野田さん本人が話し掛けて来た。
「僕も去年はリタイアしちゃったんだ」
 情けないよね、と気弱な笑顔を浮かべたが、でもね、と続けた。
「その後から毎日練習して走ったんだ。だからあの山も登れるようになったし、全部走りきることも出来るようになったんだ。だから、諦めないで欲しいと思って。僕が一番尊敬してる巻島さんが言ってたんだ。あっ、あー! 他の先輩や他の人たちを尊敬してないってことじゃないよ! あっ、そんなことどうでも良いよね。でも、そこは誤解してほしくなくて……!」
 小野田さんは自分で自分の言葉に慌てて手を振り、落ち着け、落ち着け、と自分で言いながらその実全然落ち着けずに、もっと大仰に手を振り回す。僕はどうやら、呆れた顔でもしたらしい。こほん、と一つ咳をすると改めて話し出す。
「巻島さんが言ってたんだ。とにかく回せ、自転車は回した分だけ強くなるって」
 小野田さんは遠くを見ながら、キラキラした笑顔で話し始める。
「巻島さんは、ちょっと見た事ないような登り方をする人でね。それがまた凄くあの人らしくて格好いいんだ。自転車をこう大きく左右に振りながら、ダンシングして登っていくんだ。これがまたね、凄く速くて。僕も何回か挑戦してみたことあるけど、絶対出来なかった。そんな走りも、最初は誰も理解してくれなくて、直されたり笑われたりしたんだって。それでも、巻島さんは自分のやり方を貫いて、何度も何度も諦めずに練習して、早く山を登れるようになったんだ。それで山岳を獲ったら、もう誰も文句を言わなくなったって。だから壁にぶつかったり、どうやっても出来ないって思うことが出て来たって、ひたすら走って走って、突破するっきゃないっショ」
 なんだ、ソレ。僕は異様なものでも見るような目をしていたと思う。
「あっ、あー。ショってのは巻島さんの口癖で! でも、すごく巻島さんらしくて、僕は何度も力を貰ってるから、もう思い出すときは口調そのまんまなんだ……て、変なこと言っちゃったね」
 へにゃりと笑った顔は、とても強い人のようには思えない。だが、きっと、と喋り始めた顔はきりっとしていた。物凄く強い眼差しで、絶対に負けない、と言わんばかりに宙を見つめる。それは僕のように根拠のない力で薄っぺらく口にされるのではなく、自分の力を判った上での、それでも挑み倒すのだと敵の姿をはっきりと思い描いているような顔だった。
「辛いと思う。インターハイに出るには、多分もっと大変なことも要求すると思う。でも一生懸命ペダルを回して走った分は、絶対に君を裏切らないショ」
「ショ……」
 口調移ってるじゃないか。
「あれ? 僕今ショ、って言ってた?」
 その後他の先輩たちに呼ばれた小野田さんは僕にひたすら謝り、マキシマとか言う先輩の口調をまんま真似した動揺のせいか駐車場の段差に何度も躓きながら去っていった。
 そして僕は自転車競技部に残った。
 小野田さんに言われたからじゃない。絆されたとか、励まされたとか、そう言うこと……じゃない。ただ、悔しかったからだ。その時はそう思ったが、今では全く違う。彼から言われた言葉を思い出すたびに、「マジ、カッケェ!」と拳を握り締めながら、思わず感動の涙にむせんでしまうくらいで、あの言葉が僕の人生を変えたと言っても過言ではない。
 そして、改めてレースに出た小野田さんを見て、そして個人練習で一緒に走ってもらって、素直に尊敬する気になった。
 ええい、誰だ、良くてマネージャー、悪くて雑用の使いっ走り、とか言ったヤツ! シメてくれるわ、ぅるぁぁぁぁ! って、僕だ! 入部した時の僕を、頭の中でサンドバッグのようにめった打ちにする。この人は凄い先輩だ、本当に凄い人なんだ! マジ、毎日崇めとけ!
 この三ヶ月、練習だけではなく、自転車競技のことを少しは勉強した。日本を始め世界のレースも相当見た。そこから得た知識で言うなら、正直小野田さんは平地はそんなに早いわけではない。だからと言って誤解しないでほしいが、けして遅いわけではない。僕など遥か及ばず、他の新入部員なども比較にもならない。レギュラー陣で固まって走っている時は、きちんと全体の速度を保つことが出来るが、本気のスプリントをさせたら、残念ながら相手にはならない。そういうことだ。
 だが、問題はそこではない。この人の真骨頂は、山だ。山を登らせたらとんでもないのだ。こっちが息を切らせて、足もがくがくと震えて、バイクがふらついて今にも倒れそうになりながら、こんなに苦しい場所はないと半泣きになり、今すぐにも放り出したいと思う急勾配の山道を、笑いながらするすると凄い速さで登っていくのだ。あまつさえ、こちらを振り返って「楽しいね」と言うのだ。
 正直に言おう。
 初めて見たときは、恐怖した。
 次に、いじめなのか、と疑った。最初僕が小野田さんの事を馬鹿にしていたのを知っていて、今仕返しをされているのではないのか、そう思った。
 だが、その疑念はすぐに払われた。
 この人は『本気で』楽しいと思っているのだ。
 入部してから三ヶ月。毎日練習で走って、自主練で走った。一〇〇〇キロを走りきる合宿もボロボロになりながら何とか乗り越えて、今では裏門坂も峰ヶ山も登れるようになった。小野田さんの言った通り、走れば走った分だけ自分の力になっていくのを実感する。それでも山などさっぱり楽しいとは思えない。キツイ、キツイ、もうイヤだと思いながら登るのに。
 それが今も変わらず「楽しい」と笑って登る小野田さんは、本当に凄い人だと尊敬して止まない。
 だから、話しかけられるなんてこれ以上に嬉しいことはない。むしろ何か用なら、呼びつけられたって良いと思うのに。何でこんな態度とっちゃうんだよ! 『別に』とか、どっかの女優かよ! 僕のバカ!
「あの、今日の練習なんだけど、また僕と組んで練習だから、よろしくね」
 言い終えると同時に、予鈴のチャイムが鳴った。僕が返事をする間もない。くそ、チャイムのバカヤロウ。いや、それとも罵声を浴びせるべきは、小野田さんと写メとか撮ってたクラスメイトだろうか。
「あっ、予鈴だ! あっ、あっ! 僕次移動だった! あ、こんなのどうでもいいよねっ。そのっ、休み時間邪魔してゴメンねっ」