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【弱ペダ】クライマー、クライマー

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 喜ぶ間もなく小野田さんは慌しく走っていった。せめて伝言有難うございます、くらい言えたら良いのに。廊下の端で今泉が彼を待っていたらしい。僕を見た彼に遠目から会釈をした。

「今日はダムから峰ヶ山のふもとの公園を回って、学校まで戻って来て、反対側に抜けていく平坦がメインのコースにしようと思うんだ」
「ハイ」
 放課後の自主練習、僕は他の一年生数人と、裏門坂前に集合していた。
「いつもの事だけど、街中は危ないから信号遵守で行きます」
 少しは後輩たちの存在に慣れたらしい。個人的に話すのはまだたどたどしいが、自転車のこと――といっても、半分以上マキシマと言う先輩が如何に凄かったか、と言う話だけれど――とアニメのことに関しては口が滑らかになる。暫く前にやっていた深夜アニメの話に食いついたと思ったら、物凄い勢いで話し始めた時は、正直引いた。あと、時々持ってるガシャポンについても、同じことが起こって長ったらしいどうでも良い説明が続いたのには閉口したけれど、笑ってる顔が自転車に乗ってる時と同じだったので、どっちの時も振り切れずに結局僕だけ最後まで聞く羽目になった。
「今日はスプリントメインてことですか?」
 別の一年が慣れた風にバイクに跨って話しかける。
「そうだね。周回レースもあるし、脚質に関わらずいろんなコースを走った方が良いから。今日は街中抜けたらアタックありだよ」
 やった、と歓声が上がる。僕はそれに取り合わず一人ヘルメットの顎紐を締めた。山でなければ何でもいい。そんな気持ちだった。
「じゃ、行こう」
 小野田さんの合図とともにそろりと自転車が走り始める。彼が少し前に飛び出す。一年生でもまだこの裏門坂は慣れないらしい。アスファルトではなく、コンクリート舗装に丸印の凹みが付いている道は、急勾配の道に多い。しかも雨が降れば滑りやすいし、この凹みは自動車のタイヤ摩擦をメインに考えているので、走りにくいと感じているらしい。だが、僕は余りそう言った走りにくさや、勾配の恐怖を感じない。
 少し速度を上げた小野田さんにぴたりと追いつく。その気配を感じたのか、小野田さんが笑顔で振り返る。径の小さな曲がりが続くつづら折りを、互いにシンクロしたように自転車を傾けて走り抜けていく。他の一年生たちをちぎってしまわないように、ペダルを踏む頻度は少ないが、ややもすれば、小野田さんを追い抜かしてしまいそうだ。ちり、ちり、と僕と小野田さんの自転車のタイヤがぶつかって擦れる。
 激坂と呼ばれる坂は、走れば走るほど景色が飛び去っていく速度が上がり、そして視野が狭まっていく。もうまっすぐ前しかほぼ見えていない。あとは、コンクリート舗装の白、そして周囲の緑が長い帯になって自分の周りを囲んでいるようだった。車も曲がり道の向こうに見えたと思ったら、すぐ目の前まで来てしまう。向こうは自分の車線を守っているだろうが、こっちは道幅全てを使って走っている。一瞬の判断が重大な事故につながる恐れすらある。
 後ろや横は当然見えない。気配と微かな音だけが頼りだ。上から下ってきた大型二輪の鼻先を掠りそうな距離で、曲がり角につっこんだ。ビィー! とけたたましいクラクションが鳴らされる。想像以上に近くから大きく聞こえたけれど、無視して振り切る。向こうはどうせ道路の通りにしか走れないし、走らないだろう。最短距離を駆け下りる度胸がお前にあるのか。僕はガードレールの反射板に肩をぶつけても、道の方へ伸びた枝で頬を叩かれようと、標識のポールで肘を打とうと、壁がヘルメットのギリギリの所を通ろうとお構いなく、一番早い、一番短いコースを選んで、ただ早く、もっと早くとペダルを踏んだ。ただそれしか考えられなかった。
 知らない間に同級生も、小野田さんもちぎっていた。広い道路に出て速度が落ちた所に、みんなが追いついてきた。
「あの裏門坂は、バイクとか、車とか危ないから……。って、あっ! あのっ! 別の追い越したら行けないって訳じゃなくてだねっ。ただ、レースとは違うから、その心配で……。って、怪我してるよ!? 大丈夫? 手当してくる?」
 小野田さんがオーバーなほどに色々言葉を補いながら注意する。
 僕は、ついさっきまで感じていた嵐のような感情から解き放たれて、暫くぼうっとしていただけなのだが、どうやら反抗的に映ったらしい。他の一年生たちがもっと注意しろとか、生意気だとか言いたてる。その声が大きくなって、やっと言われている言葉の意味が理解できた。大丈夫? と小野田さんが心配そうな顔で僕を覗き込んでいた。
「……っス」
 大丈夫です。いや、近いです。てか、あんまり何言ってたのか聞いてませんでした。って言えないけど、もっとちゃんと謝りたいけど、なんでこんな言葉になっちゃうんだ……!
「判ってくれたなら良いんだ。その、怪我も気を付けて。って、僕結構今でも転ぶから、あんまり人のこと言えないけど……」
 小野田さんの言葉に、僕は申し訳ない気持ちになる。くそ、どうして僕はこうなんだ。

「おい、ダンマリ。練習終わったら、ラーメン行こうや」
 鳴子がドリンクを飲みながら笑いかける。僕があんまり喋らないせいか、いつの間にか「ダンマリ」とあだ名を付けられていた。緊張してるだけなんですよ。僕は今でも聞かれればそう言うことにしている。
 って言うか、数ヶ月経った今ではもうそこまで緊張しているわけではない。そう、問題は緊張とかではないのだ。
 そう。緊張していないからと言って、僕は軽々に喋るわけには行かないのだ。
 何故なら。
 どうやっても小野田さんとだけ、まともに話せてないからだ。
 怖いわけじゃない。笑って山を登る姿はいまだに背筋に悪寒が走るが、それを除けば、真面目だし、努力家だし。それに、誰に対しても分け隔てなく接してくれる。むしろ、後輩に対しても物凄く腰が低いくらいだ。そんなところを全部ひっくるめて、物凄く尊敬している。
 だからこそだ。
 今でも彼に対しては緊張してしまう。そうなると、まともに言葉を紡ぐことすら出来ない。そんなつもりは微塵もないのに、生意気で反抗的な態度になってしまう。
 それなのに、だ。他の人たちと和やかにとか喋れるわけないじゃないですか! 小野田さんがそれ見たら、どう思うと思ってんですか。傷つくでしょ? 僕には無理です。そんな事態になるくらいなら、中学までは「便所の百ワット」……とまでは行かないけれど、休み時間になれば一回はうるさい、と言われていたほどの、自信過剰で尊大でバカだった自分のキャラくらい、喜んで変えますよ。
 そんなワケで、僕はペダルを漕ぎながら「はぁ」と一言呟いた。
「なんや、相変わらずやなぁ。自分ダンマリやなくて、テークーとか、ローテンとかに変えるで?」
 かっかっか、と笑いながら鳴子がばしばしと自分の肩を叩いた。痛いって。テークーは低空飛行、ローテンはローテンションだろう、きっと。もう好きにしろよ。って言うか、今練習中じゃないのか。なんでスピードとケイデンスをここまで上げたまま、そんな無駄口が叩けるのか。僕は口数少ないキャラを作ってるってだけじゃなくて、疲労で口数も少なくなっているというのに。