再会
その翌日から数日、
犬飼は仕事が手につかなかった。
ゆゆかに言われたことが胸に突き刺さっていた。
モニカが自信がないって言っていたのは、
俺に好かれている自信がないってことだったのか?
俺についてく自信がないってことじゃなく?
俺は...結構好きだとか言ってるつもりだったけど。
もう、モニカは店長に交際をOKをしてしまっただろうか。
いろいろぐるぐる考えていたが、
答えが出ないままだった。
考えてもわからないと思っていた矢先、
取引先がモニカのサロンの近くだということに気がついて
帰りに寄ってみることにした。
覗いてみると、もう閉店の時間で、
店の外の看板は電気が落ち、
中では背の高いハーフの男と
モニカが親しげに話しているのが見えた。
ハーフの男が覗いている犬飼に気づき、
「スミマセーン、もう閉店なんですよ。」
と言った。
「あ、いや...。」
どうしようか迷っていると、
「学?!」とモニカが店から出てきた。
「あ、ごめん、連絡しようと思ったんだけど
近くを通ったから。」
と思わず嘘をついた。
だけど近くを通ったのは嘘じゃない。
「知り合い?」とハーフの男が尋ね、
「あ、はい。」とモニカが答えると、
「鶴谷さん、もう時間だし、あがっていいよ。」
と言った。
この男がモニカが言っていた店長?
背が高い。190はありそうな...。
ハーフだろう。モニカの横に並ぶとすごくお似合いだ。
それに比べて俺は...純日本顔だしなぁ。
背も低いし...
なんとなく卑屈になっていると、
モニカが出てきた。
「どうかしたの?」と言われた。
「いや...。」
「私、今日早く帰らなきゃいけなくて。」
とモニカに言われ、
犬飼はぐっと自分の手を握り締めて
口を開いた。
もう二度とチャンスは訪れないかもしれない。
「さっきのがモニカが言ってた店長?」
「あ、そう。」
「もう付き合うことになった?」
「...なんでそんなこと聞くの?」
意を決して学は言葉を放った。
「・・・俺・・・。
やっぱりモニカが好きなんだ。」
「忘れられないし、あきらめたくないんだ。」
「俺、背低いし、いろいろ器用なはずだったのに、
モニカを喜ばすことだって
こんな仕事ひとつで時間つくってもやれないし、
全然男らしいところみせてもやれないけど、
かっこ悪くてもなんでも、そばにいてほしいんだ。
俺の彼女でいてほしいんだっ。」
一気にまくしたてて、
犬飼ははぁはぁと息を切らしていた。
「だからっ...
もう一度俺とやりなおしてください。」
言った!!かっこわる!オレ!
犬飼は言い終わったあと、
下を向いて目をつぶっていた。
もう恥も外聞もなかった。
ゆゆかに言われたからじゃなかったけれど、
何があっても離したくないという気持ちを
伝えてなかったと気づいた。
モニカが黙っているので、
目をそ~っと開けて、
いや、でもこれってストーカーなのか?
と心配になった。
「俺、ダメだ。やっぱり。
こんなのしつこいよね。
モニカの前で、かっこよくいられない。
そんな自分がすごく嫌で、みじめで...。」
自分で自分のことが笑えてきた。
「ごめん!」と言って踵を返そうとすると、
自分の顔の前にぬくもりがあった。
「?!」
モニカの胸の中に自分の頭があって、
抱き寄せられていることに気づいた。
「モニカ?!」
何が起こっているのか犬飼はよくわからなかった。
「またすぐあきらめる!」
モニカに怒られた。
「かっこよくなくてもいいの。」
「自分一人で決めないで。」
「私が思っていることを
学が一人で決めないで。」
「私が離れるなんて思わないで。
どんなんでも
ずっと一緒にいてって言って。
時間が作れなくても、
一緒にいれなくても、
私が嫌がってるなんて思わないで。」
「え・・・。」
「私を諦めないでほしい。」
ドクンドクンと心臓の音がした。
鼓動が速い。
抱き寄せられていた腕をとり、
「あきらめようとしても
あきらめられなかったんだ。
二年経ってそれがよくわかった。」
犬飼はモニカに向かって言った。
「でも今帰ろうとした。」
モニカは顔をそむけて言う。
「また出直そうかと思って。」
「早いんだよ。そう思うのが。」
「だって、しつこいの、嫌じゃない?」
「学は少ししつこいくらいがちょうどいいよ。」
「そういうもん?」
「うん。だからしつこくして?」
犬飼にとってそれは意外な要求だった。
「じゃあ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ~~~」
「何それ。」モニカがくすくす笑った。
「しつこくしてみた。」
「なんか違うよ。」
「じゃあ、明日も迎えに来る。」
「仕事は?」
「うっ。なんとかする。」
「期待してない。」
「えっじゃあ、待ってて。うちで。
帰れないかもしれないけど。
うちにずっと住んで?一緒にいて?」
モニカが目線をまっすぐ合わせて聞いた。
「それってプロポーズ?」
犬飼はそれに答える。
「馬村が結婚したからじゃないよ?」
「じゃあ、何?」
すぅっと息を吸って真顔になる。
「結婚してほしいんだ。俺と。」
「~~~~~。」
またギュッとモニカの胸に抱きしめられた。
「ちょちょちょっ!!!」
自分が思ってる男女の姿とだいぶ違う!!
犬飼はそう思った。
でもそのこだわりがきっと
自分たちを隔てていたものだったんだとも思った。
そんなもの、どうでもよくなってきた。
自分の方が背が低いとか、
一緒にいて釣り合わないとか、
自分の思い込みで、違いを大きくしてたんだと気付いた。
「俺、モニカと二人なら
もうなんでもいいや。」
と犬飼はつぶやいた。