トラウマスイッチ
次の日、大輝は父に電話した。
母が家に来たこと、
お祝いをもってきたこと、
すずめと母が会ったこと、
それらを報告して、
「会って話したいんだけど、
連絡先わかる?」
と聞いた。
大輝の父はどうしようか迷って、
「大丈夫なのか?」と大輝に尋ねた。
「わかんねぇ。」
「でもすずめが一緒にいるから。」
と答えていた。
大輝は自分のことを情けないと思ったが、
昨夜すずめが言った、
「辛いときに隣にいてくれたから強くなれた」
という言葉に救われていた。
だったらオレも、
すずめが隣にいてくれたら
強くなれるんじゃないか。
そう思えたのだ。
母には父から電話をしてくれることになった。
そしてその日の夜、再び母が
大輝とすずめの家にやってきた。
「...大輝...。」
玄関に立った大輝の母は、
目から涙が溢れて、動けないでいた。
ここに来るまでもたぶん泣いていたのだろう。
目と目の周りがすでに真っ赤だった。
「入ったら?」
大輝にうながされて、
母はゆっくりリビングに移動する。
「すずめさん、昨日はどうも...。」
大輝の母が言う。
「すみません、私、隠し事できなくて...。」
すずめは頭をポリポリかいて謝罪した。
「いえ、無理を言った私が悪いんです。」
お義母さんは、別れてからずっと
自分を責めて生きてきたんだろうな、
とすずめは思った。
お義母さんの言葉に、申し訳ないとか
自分が悪いとかいう言葉が多くて
すずめはそれが引っかかっていた。
大輝は、
「昨日お金とか、
パジャマとかもらったみたいで…」
と話し始めるも、
「ありがとう」とは
素直に言えないらしい。
長い沈黙が続くので、
すずめは息が詰まって
窒息しそうだった。
「あのっ紅茶淹れ直してきます…」
すずめが台所に立つと、
大輝の母が話し始めた。
「謝って許されるとは思ってないけど、
大輝、辛い思いをさせてごめんね…」
「…辛かったのは親父と大地だろ。」
自分だってそうでしょ、
と言いたいのを、すずめは
紅茶を淹れながらぐっとこらえた。
「なんで今更会いに来た?」
それは大輝が連絡とったからでしょ。
と言いそうになったのを
またすずめはぐっとこらえた。
「会いに来れる立場じゃないのは
わかってるんだけど、
大輝が結婚したって聞いて
嬉しくて…お嫁さんに会ってみたくて。」
「えっ」
私?!
「だって大輝、無表情で無口で
わかりにくいでしょ?
お嫁さん、そこんとこ
わかってくれてるのかなって心配に…」
昨日のは嫁査定だったんか!!
「アンタよりよっぽどオレのこと
わかってくれてるよ。」
すずめは大輝が
そう思ってくれているのが嬉しくて
ポッと赤くなった。
「そうよね…私が大輝と過ごした時間より
すずめさんのほうが長いかもね…。」
また大輝の母は悲しそうな顔になった。
「時間じゃねぇよ。
何が大事かってことだろ?
アンタにはオレらがどうでもよかったって
ことじゃねぇのかよ。」
「どうでもなんて…」
「だったらどうして置いていけんだよ!」
大輝の声が段々荒々しくなってくる。
「大輝?」
すずめの声で少し冷静になるも、
大輝の唇の端はフルフルと
震えているようだった。
「オレたちより大事なもんができたって
アンタはオレたちを捨てたんだ。」
「なんで今更母親みたいなことする?」
「ごめんっごめんねぇぇっ」
大輝の母はわっと思い切り泣き出した。
「バカだったの。
我が子ほど大事なもんは
なかったと離れて気づいたの。」
うぁぁぁと苦しみを吐き出すように
大輝の母は泣き続けた。
すずめは大輝の手を
ギュッと握ってしまっていた。
「ごめん、ごめんね。
許してもらえなくてもいいの。
でもこれだけは信じて欲しい。
大輝が大事。お嫁さんができて
幸せそうでよかった。ホントよ。
一番幸せを奪った人間だけど…
もう会わないから…
でも遠くでアナタの幸せを願うことは
許してほしい。」
大輝の母は俯いたままだった。
「お義母さん。」
すずめが口を開く。
「それ、大輝の目を見て
言ってやってくれませんか?」
「なっなんでだよ。」
大輝がすずめの言葉に
慌てて返す。
「だってお義母さん、
過去に向き合いに来たんじゃないんですか?
大輝も。そのためにお義母さん呼んだんでしょ?」
「それなのに、お互いそっぽ向いて
自分の言いたいこと言ってるなんて
おかしいよ。今目の前にいるのに。」
「…」
大輝は図星をつかれて
何も言えなくなってしまった。
大輝の母も同じだった。
「ちゃんと目を見ないと
伝わるものも伝わらないと思う。」
「大輝?私、外出てるから。」
すずめが大輝の手の上に
自分の手を重ねて言う。
「え…」
大輝がギュッとすずめの手を
握り返す。
「大丈夫だよ。
美味しいシーフードグラタン作るから。
あとで一緒に食べよう?」
「…わかった。」
すずめは財布を持って出ていってしまった。
すずめがここにいない。
それがこんなに不安になるなんて。
マジ情けない。