美しく羽ばたいて
「あっお父さん、大輝くん、
すずめ、陣痛強くなって
今分娩室に入ったわ!」
バタバタとすずめの母が
呼びに来た。
「立ち会わないの?」
すずめの母が大輝にたずねる。
「いや、すずめが、
産むのは見られたくないって
言うから…」
分娩室の隣の陣痛室で待つが、
すずめが苦しむ声が聞こえる。
こんなとこで何もできず
苦しむ声を聞くくらいなら、
立ち会ったほうがよかったか?
「ふぅううん!く~~~!!」
「馬村さぁん、まだよ、
まだいきまないで!」
「はぁぁぁぁぁんんんん!!」
苦しんでるんだが
なんだか色っぽいな…
大輝は変なことを思った。
すずめのこんな声、聞いたことない。
すずめ父も娘の声にソワソワする。
「俺、やっぱカフェコーナーにいるわ!」
と、父は出ていってしまった。
「開いてきたよ~~もうちょっとよ~」
助産師さんの声が聞こえる。
「くぅぅぅ~~んんんん!!!
痛い、いたっああああ!」
大輝は思わず耳をふさいだが、
その手に汗をびっしょり
かいているのに気がついた。
こんなに苦しむもんなのか。
よく考えたら、妊娠してからずっと
つわりで苦しんで、産むときも
こんな苦しんで、
子ども産むってなんて大変なんだ、
と大輝は思った。
「すごいでしょ?出産って。」
すずめの母が言った。
「命懸けなのよ。」
「大輝くんも、そうやって生まれたのよ。」
「感謝しなくちゃね。」
そう言われて、自分の母を思い浮かべた。
こんな思いを3回も…
ただただ、母って女って
凄いなと思った。
「はい、全開大です~~
頭見えてきたよ~~
頑張って!もうすぐよ!」
助産師の言葉が聞こえて、
すずめの絶叫も聞こえる。
「あっあああああああ!!!!」
「はいっ肩抜けたよ~
馬村さん!ハッハッハッハッ」
呼吸法なのか?
助産師の声に合わせて
無理やりすずめが短い呼吸をする。
ハッハッハッハッ…
……………オギャー!!!!
「はい、生まれましたよぉ~~
馬村さん、元気な女の子よ~
頑張ったわねぇ!」
「ハッハッハッ…」
まだ呼吸法をやってる
すずめの声が聞こえる。
大輝は分娩室と陣痛室を隔ててる壁に立ち、
額と手のひらをくっつけて
ずっと祈っていた。
赤ん坊の泣き声を聞いて、
自分の頬を涙が伝っていた。
「大輝くん?生まれたね。」
すずめの母の声にハッとして、
涙を手で拭った。
「…はい…」
感動で身震いした。
しばらくして
あの時の医者が陣痛室に来て、
「おめでとうございます。
2586gの元気な女の子ですよ。
母子ともに健康です。
お父さんも頑張ったね。
これからも頑張ってくださいね。」
と言って出ていった。
「ありがとうございます!!」
大輝はその医者に向かって
深々と礼をしていた。
処置が終わって分娩室に通された。
「大輝…」
「おじさんのベビー服、
着せられるね。」
とすずめが力なく笑った。
「ふ、そうだな…
女装させなくて済んだ。」
すずめの横でふにゃふにもがいてる
ちっさな生き物は、
まだ肌に胎脂とよばれる白いものが
いっぱいついていて、
頭もカピカピいろんなものが
ついていたが、
目をうっすら開けて手をバタバタさせ、
一生懸命新しい世界に
羽ばたこうとしてるように見えた。
「頑張ったな…オマエも、赤ん坊も。」
「大輝もね。」
「オレなんもできてない…」
「?そこの壁の向こうで祈ってなかった?」
「?オレ何か言った?」
「わかんないけど、いるなあって。
いつも辛い時そばにいたからかな。
そこで祈ってくれてるから
大丈夫だなって思ったんだけど…
違った?」
大輝はすずめの手を握って、
「いや、違わない…」
と言った。
「すずめ。」
大輝は続けて言う。
「オレを親父にしてくれてありがとう。」
「大輝も私をお母さんにしてくれて
ありがとう。」
すずめも返した。