僕は明日、五歳の君とデートする(A)
「はい、そのつもりでいます。ですが、どうしてそのことをご存知なのでしょう」
僕は警戒色を解かずにそう言った。敵か味方か。この分類がお気に召さないならば、善意の訪問者か、悪意の訪問者か見極めがつくまで身構える必要があるだろう。
「なぜ知っているのかは後でお話します。その花火大会の会場で屋台の発電機用燃料が爆発するという事故があります。その事故からある女の子を救って頂きたいのです」
これでほぼ確定だ。彼らは異世界人かそのエージェントだろう。
「俄かには信じられません。仮に事故が起きることが事実なのであれば、それを防ぐ算段をされたほうがいいのではないでしょうか。それに女の子を救うのがなぜ私なのでしょう」
「疑問に思われるのはごもっともです。それどころかこれを切り出すだけで追い出されることも覚悟しておりました。少し長くなりますが、私達の正体からお話させて頂いてよろしいでしょうか」
「伺いましょう」
足立さんの話の前半部分要約は巻末に掲載する。
そこには僕が愛美から聞いて知っていたこと以上の情報が含まれていた。
「私達が異世界人であることをご理解頂けたでしょうか」
「理解はできます。しかし信じるかどうかは別の問題です。何か動かせない証拠などをお持ちですか」
僕がそう言うと足立さんは背広の内ポケットから封筒を取り出して僕に渡した。開けてみるとこの部屋で僕と足立さん港さんの三人が写っている写真が入っていた。状況は違うが懐かしい感触が蘇ってきた。
「なるほど、これは私にとって未来の写真ということですね」
「はいそうです。私達がここをおいとまするときに撮ったと言いますか、撮ることになっているものです」
「これは証拠になりません。この部屋の様子はこれまで雑誌などで写真が出ています。私は今と同じ格好でこの周辺をよくうろつきますから、それを隠し撮りするなどして合成すればこんな写真を作ることは可能でしょう」
僕は意地悪でこんなことを言ったのではない。彼らが異世界人かその関係者であることは間違いないが、彼らが僕に愛美を救ってくれと言ったことが納得できなかったのだ。
僕は過去に十歳、十五歳の愛美に会っている。そして二十歳の愛美は僕の恋人だった。さらにその前にはもっと年上の愛美にも会っている。つまり僕が明日愛美を救うことは確定している。僕が救わなかったら、その後の愛美に会えるはずがない。
彼らが僕の過去のことを知らないとしても、僕が明日愛美を救うことは彼らにとって昨日のことだから、向こうの立場では既に終わっている事柄のはずだ。
それなのに、今日、今の時点で僕にそれを依頼し、そのために架空の取材をでっち上げ、マネージャーを遠ざけるまでした理由が理解できない。
「確かにそうですね。実はもっとちゃんとした証拠を用意したかったのですが、緊急事態だったので間に合わなかったのです」
足立さんは固い表情でそう言った。
「緊急事態?」
「はい。それをご説明するためにもう少し話を続けてよろしいでしょうか」
僕は先を促した。
「明日、先生は花火大会会場で私達の世界から来た女の子を救います。これは先生にとっては未来のことですが、私達にとっては過去のことで確定しています」
その女の子が異世界人であることがここで初めて明かされた。
「はい。その理屈は分かります」
「それが万一違ってしまったら、よろしいですか、例えば先生の気が変わって会場に行かないなどということが起きれば、そこで未来が分岐してしまうかもしれません。そうなると、現在こちらの世界に来ている私達は元の世界に戻れない可能性があるのです」
「いや、ちょっと待って下さい」
足立さんの言うことはおかしい。彼らにとって確定しているのであれば、放っておけばそれは必ず起きるのではないだろうか。逆にこのように僕にコンタクトして事前に話してしまうことがこちらの未来を変えることにつながりかねない。
「疑問に思われるのはごもっともです。しかし明日起きることの意味を考えてみてください。先生は先生にとっての異世界人である女の子を救います。これは私達がこちらの世界の因果律に影響を与えることの逆のパターンになります。この状況は初めてのことなのです」
「つまり、私にとっては勿論、今こちらの世界にいるお二人にとっても、こちらの世界の未来は未確定で、何が起きるか分からないということですか? その上で、私がその女の子を救えなかったら、お二人は元の世界に戻れないかもしれないと」
足立さんの表情が少し和らいだ。
「そういうことです。先生がこちらの世界の人や物に対して今後行うことは私達から見れば確定しています。しかし、先生が私達の世界の人間に対して行うことは未確定なのです。私達にとって確定している行動を取って頂けなかったとき、何が起きるか分かりません」
「そちらの世界で昨日それが発生したと。それが緊急事態ということですね。では今こちらにいる皆さんがそれまでに戻ってしまったら問題がなくなりませんか?」
「私や港はそれで戻ることができます。しかし、女の子とその家族は明日、こちらの世界にいるのです」
ああ、なるほど。彼らは僕と愛美の関係を知らない。だから僕が明日必ず愛美を救うつもりでいることも知らないのだ。
「これは正直申し上げて先生には何のメリットもない、むしろ事故に巻き込まれるリスクを伴うお願いです。ですが」
僕は足立さんの話をそこで遮った。
「分かりました。……。私は明日、愛美を必ず救います」
二人の表情が一瞬安堵の色を浮かべ、すぐに驚愕が現れたまま固まった。彼らはここまで愛美の名前を一度も出していない。
「なっ、なぜ愛美の名前をご存知なのですか?」
それまで足立さんの話に口を出さないで座っていた港さんが立ちあがって叫んだ。
「まあ、落ちついて下さい。その子の名前は福寿愛美ですね。私がなぜそれを知っているかは後でお話します」
僕は今度は意地悪でそう言った。そのときの僕の表情を冷静に客観的に観察している人がいたら、さぞ悪戯小僧の顔に見えたことだろう。
「その前に一つお聞きしたい。先ほどから足立さんは因果律の問題があるのでこちらの世界に来て出来ることにかなり制限があると言われました。それなのに、小さな子供を含む家族旅行が行われたのはなぜですか? 危険ではないですか?」
「それには私がお答えします」
港さんが椅子に座り直してそう言った。
「私は異世界調査機構の理事をやっています。こちらの足立はその機構の現地調査員で、こちらに長期滞在して情報収集や、言葉は悪いですが工作活動を担当しています」
港さんが言うには、こちらの世界との経済的な交流を断念した段階で、科学・文化の調査だけではもったいないから観光に活用できないかという話が持ち上がったのだそうだ。
そのために足立さんが派遣され、観光客受け入れの体制作りや、因果律に影響を与えないためのルール作りを行っている。
そして、テストとが行われることになった。
「テスト家族として、私の妹一家を選びました。妹も機構の職員なのです」
「そういうことでしたか。分かりました」
作品名:僕は明日、五歳の君とデートする(A) 作家名:gatsutaka