僕は明日、五歳の君とデートする(A)
港さんに以前会ったような気がした理由がこれで分かった。港さんは愛美の伯父だったのだ。
僕は改めて港さんの顔を見た。そこに直近で五年前に会った十歳の愛美、そして何より二十歳の愛美の面影を見出して、不覚にも涙が流れそうになった。港さんはそんな僕を怪訝そうな目で見返していた。僕はテーブルに置いてあるティッシュで目を押さえた。
「それではお話しします。愛美さんは、今から十五年前、私の恋人でした」
(※Bの世界への分岐点 → B3へ)
(A3)
愛美を屋台の事故から無事救い出し、僕は仕事場に戻って心地よい疲労とともにベッドに倒れ込んだ。
別れ際に言った「また会えるよ」は嘘であり、本当のことだ。僕はもう愛美に会うことはできない。今になって初めて、あの震災から僕を救ってくれたときの愛美の気持ちが分かる。
あのとき愛美から貰った想いは、さっき僕が愛美に伝えた。僕たちのループがこれで完成したのだ。
閉じた時間の輪の中で、僕たちの想いは永遠に回り続ける。
輪の外に出た僕は、さてこれからどうしようか、とぼんやり考えていた。
昨日、港さんはここを出るときにこんなことを言っていた。
「今回のテストを総括するときに、小さな子供を含む家族旅行という形態は異世界旅行から除外されるかもしれません。しかし、愛美を五年毎にこちらに来させることはお約束します。それが因果律を守ることになりますから。これまでの長い間、愛美のことを想って頂いてありがとうございました。私にとって愛美はまだ五歳の女の子だから実感が伴わないお礼で申し訳ないですけれど」
そう笑って、そして、
「先生は明日の夜をもって愛美との物理的な縁が切れます。しかし、そのあとすぐ新しい縁が訪れるかもしれません。足りないお礼の埋め合わせに、因果律に影響しない程度の情報としてお伝えしておきます」
と言った。あれはどういう意味だったんだろう。
そのとき玄関のドアが派手な音を立てて開いた。
「先生。先生。いらっしゃいますか?」
仕事場のほうで蒲田君が大声で叫んでいるのが聞こえる。
「あー。ここにいるよ」
と僕が答え終わらないうちに、寝室のドアが壊れるのではと思える勢いで開けられた。
僕と目が合った蒲田君は「よかった。戻ってらしたんですね」と言うと大粒の涙を流して泣き始めた。
僕は驚いた。これまで蒲田君が泣いたところを見たことがないし、そもそも今泣く理由が分からない。
「ど、どうしたの?」
「だって、先生、花火大会に行かれたんでしょう? テレビの速報で爆発事故があったことを知って」
蒲田君はそれから慌てて現場に向かったそうだ。爆発現場付近は立ち入り禁止になっていて近づけなかったが、会場で僕を探し回ったのだそうだ。
「大丈夫だよ。たまたまその近くにいたけれど、怪我も火傷もしなかったから」
「現場にいらしたんですか。……。でも何もなくてよかった」
それから蒲田君は「よかった。よかった」と言いながら泣きじゃくった。
蒲田君が泣いているのが、単なるマネージメント対象の無事を喜んでいるだけでないことぐらいは僕にでも分かる。港さんが言っていた縁というのはこのことなのか。
ふいに、最後の日の愛美の言葉が蘇ってきた。
『でも、でもね……いいから。新しい恋人を作って……高寿……しあせになってね。……ね? お願い……』
愛美、君はあの後、自分のしあわせを見つけることができたかい?
しかし社長には何と言って謝ろう。
まあ、異世界人のエージェントでもある彼は、知っていたのかもしれないな。(A了)
(巻末付録:足立さんによる異世界移動についての説明)
以下で言う異世界とはこちらの世界のことである。
あるとき、彼らの世界で京都府を中心とした小規模な地震が発生した。被害は大したことなかったが、滋賀県境付近の山中で大きな崩落があった。その崩落した山肌に洞窟の口が開いていた。
洞窟を発見した消防隊員が何名か中に入ったところ、いつまで経っても出てこなかった。酸欠や落盤などの可能性が取りざたされ、捜索隊が組織された。
しかし捜索隊が洞窟に入ろうとしたとき、行方不明だった消防隊員がその洞窟から現れた。
彼らが言うには、洞窟は入って五十メートル程進んだところで大きく右に曲がっっていた。それから少し進むといきなり周囲が明るくなり、自分達が雑木林の斜面に立っていることに気付いた。
斜面を下りて人里に入ると、崩落した山の近くであることが分かった。それから崩落現場に向かおうとしたが、どれだけ探してもそれらしい場所が見つからない。
もう一度人家がある所に戻って道を歩いていた住民に聞いてみたが、その人は地震があったことも崩落があったことも知らなかった。
そこは消防隊員達の地元だったので、住民の殆どと顔なじみのはずなのに、不思議な事にその人物との面識はなかったし、何より家並みの細かいところが彼らの記憶と全く違っていた。自分の家さえ見当たらなかった。更には携帯電話が通じなかった。
途方にくれた彼らは元の斜面に戻ってみることにした。斜面を登っていくと、さっき自分達が現れた場所で先頭の一人が急に消えて見えなくなった。残ったメンバーは驚き恐れたが、そのうちの一人が「自分達は神隠しに遭っているのかもしれない。戻るにはこのまま進むしかない」と言い出したので、全員がそれに従うことにした。
すると元の洞窟らしいところに戻っていた。
この事件が契機となって科学的な調査が行われ、驚くべき事実が明らかになった。
洞窟の向こうは異世界であり、異世界の時間はこちらとは逆向きである。
異世界での物理定数は全く同じで、宇宙の状況にも差異はない。
地理はほぼ同じ、生物相に差異はなく、DNA構造も同じ。
歴史は十九世紀後半くらいまではこっれまた全く同じ。以後微妙に差異があり登場人物が異なるがマクロ的にはほぼ同じ。但し一部地域で国境線が異なる。
宗教はその歴史や分布状況を含めて全く同じ。
異世界の時代はこちらとほぼ同じであり、社会や政治体制もマクロ的には全く同じであるが、政治家や著名人は違っており、文化にも差異がある。
通貨が「円」であることは同じだが、紙幣や硬貨が異なる。外国も同様。
科学技術の発展の程度はほぼ同じ。
これら異世界の調査の前に洞窟そのものの調査も行われた。
洞窟の入り口は人一人がやっと通るくらいであったが、奥に行くに従って広くなり、異世界へ通じるポイントでは高さ二メートル、幅一メートル半程度の逆U字型になっていた。
そのポイントに踏み込む前に奥を見ると洞窟が続いているように見えた。
その後、問題のポイントで洞窟の拡張を行ったところそのポイントを取り囲むリング状の物体が発見された。
物体が人工物なのか自然にできた物なのかは現在も論争が続いている。
由来に限らず、リングの性質についてはそれが発生させる現象以外はまだ何も分かっていない。
作品名:僕は明日、五歳の君とデートする(A) 作家名:gatsutaka