オトナダケノモノ
オトナダケノモノ 〜サガダケノモノ〜
1.
―――シャカが帰ってくる。此処に、この聖域に。
急ぎ下された命により、各地に散っていた黄金聖闘士たちが一人、二人と聖域に舞い戻ってきた。久方ぶりに顔を会わす者もあったが、再会を喜ぶでもなく皆一様に表情は硬い。ピリとした緊張の糸が張っているのは教皇の病篤しとの伝達を受けてのことで、致し方ないことだろう。
それでも、修業を中断してまで戻ってきた彼らの緊張を、僅かにでも和らげようとサガは忙しい合間を縫って声をかけた。彼らの健やかな成長ぶりを確認して、安堵するとともに今の場にはそぐわないであろう微笑を浮かべる。つられたように解きほぐされていく彼らの表情を見て、サガもまた安堵した。
そんななかでも、今はまだ聖域に足音さえ聞こえてこないシャカの帰りを期待と不安を織り交ぜながら、待ちわびている自分があることを自覚して、サガは苦笑する。
七年前の別れの日から、決心したことを忠実にサガは貫いたはずだった。幾度となく心折れそうになりながらも、時間と距離を置けばきっと目が覚めるのだと、シャカをただの仲間の一人として接することができる日がくるのだと信じた。それこそ、まるで「忍耐」という精神修行でもしているかのような思いを抱いたものだ。
他者のことばを通してうかがい知る、シャカの様子はじれったいものだったけれども、きっと他の者たちと同様、シャカも健やかに成長し、聖域に帰ってきたシャカをその時にはサガは広く、安定した心で迎え入れる―――つもりだった。
「随分と賑やかだな、あんなところであいつら、集まって」
「少し注意しないと。あまり五月蠅いと教皇の御体に障りが出てもいけないだろうし」
アイオロスとふたりで先に教皇を見舞ったあとで年下の同僚たちの集まる場所へと向かった。いつも以上に賑やかしい有様にアイオロスと苦笑しながら、その中心となっているところへと声をかける。サァッと人垣が割れた。
次の瞬間、サガの目に飛び込んできたのはこの場には相応しくない者だった。サガも見知っている顔。もっぱら、アジア方面を担当しているヘルメスの使者だ。何気なさを装いながら、インドにいるシャカの様子を聞きだそうとしたことは一度や二度では済まない。
最初の頃は秘匿義務とかで口も堅く、なかなか話そうとはしなかったけれども、幾度となく、道すがらでも声をかけるようになれば、少しずつ口の滑りも良くなるもの。遠い異国の地で頑張っているシャカの様子が少しばかり窺い知ることができた。
多少親しくはなったといえども、彼らは影のようにひっそりと役目を果たす存在。目立つようなことはしないのが彼らの流儀、とサガは認識していたのだが。なぜこのような場所で大胆な行動に出たのかと考える前に、彼の腕にあるものを認めた瞬間、サガの中の色々なものが音を立てて崩れ落ちたのだった。
180度サガの予想を裏切ったボロボロなシャカの姿。貴重なサガの七年間という時をまるで書き損じた書類をぐしゃぐしゃに丸めてポイッと後ろに放り投げたようなもので、「無駄無駄無駄無駄―――」という文字がサガの脳裏を目一杯埋め尽くした瞬間である。
―――絶句。
許されるならばこのまま、昏倒したい。
そんな風にサガに思わせるほどの十分な破壊力と衝撃を与えた。サガとは違った意味で隣にいたアイオロスも衝撃を受けたようで、二人とも目を剥いたまま、しばらくの間ことばを失ったのだった。