オトナダケノモノ
―――ああ、やはり私はシャカが好きだ
結局、七年前と少しも気持ちは変わっていない。むしろ、より深くシャカのことを静かに熱く想っているのだと気付かされた。諦めの悪い男だと、我ながら情けないとも、サガは忸怩たる思いに歯噛みする。誤魔化すように薄ら笑いを浮かべて、「どれ、少し手伝ってこよう」とシャカの前を通り過ぎた。
見知った村人たちに挨拶をしながら、古民家の中へと踏み入る。大方の修繕は進んでいるなと思いながら、ところどころ欠けている石壁を確かめていると、背後にシャカの気配を感じた。ちらりとシャカの姿を確かめて、石壁へと視線を戻す。
いくつかの箇所を記憶しながら、シャカに声をかけた。具合が良さそうだと。するとシャカも否定することなく、太りそうだ……とのたまった。一瞬、アイオロスのいう「子豚」なシャカが脳裏に浮かんで口元をゆるみかけたが、まだまだ程遠い肢体である。思わず、口から思ったことが毀れ出たが、かまうことはないだろう。
補修に必要な物が足りないなとシャカの横を通り過ぎて一度外へ向かい、再び部屋に戻る。崩れた石の箇所を慎重に取り外しながら、サイズに合うように周囲を削り取る。うまくはめ込むことができた時、小さな達成感に気を良くした。さて次に取りかかろうと、カチカチと石を先程と同じ手順で形を整えていると、シャカに呼ばれた。
「なんだ」と返事をすると、徐にシャカは「怒っているのか」と尋ねてきたのだった。一瞬、サガは何のことだかわからず、手を止め、シャカを眺めた。しおらしく見えなくもないシャカ。でも、どちらかというと途方に暮れているように見える。
きっとシャカはサガのこれまでの態度に戸惑っているのだろうと推測した。そして『怒っている』と判断したのか。サガにすればシャカの干物修業に対して、なぜそのようなことをする必要があるのかと、怒りの気持ちも確かにあったが、むしろどちらかといえば、心配と呆れといった気持ちの方が強い。
同じ呆れるくらいなら、アイオリアやミロたちがやらかした、街に繰り出して幾人口説き落とせるかとか、女聖闘士のマスク剥ぎ事件などのほうがよっぽどマシ――いや、女聖闘士のアレはさすがに拙いことになりかけたが……まだサガには指導できる範疇だと思えた。
シャカは無茶をしすぎだとサガは思うことを伝えたのだが。けれども悪ふざけのつもりで行ったわけではないシャカにすれば、真面目に実践した修業をなぜ責められなければならないのかと思ったのだろう。納得できないとばかりに反論する。
「―――わたしにはわたしのやり方でしかできない。誰にも教えを乞うことなどできなかったのだから」
ぐさりと痛いところを突かれたサガは僅かに眉を顰めた。ずっと思っていたことだ。根底にあるのはそのことで、シャカを見守ることができなかった、というサガの後悔の念があるのだ。
幾度となくサガは思った。あの時くだらない意地を張らずについていけばよかったのかもしれない……と。情けなかろうが、誹られようが、ほいほいシャカについていけば、きっと、こんなことにはならなかったのでないだろうかと。深く考え込みそうになりながら、そういえばそろそろ昼時であることを思い出した。サガは人払いをしてシャカと話すには丁度良いだろうと村人たちに昼食の件を告げることにした。
ほどなくして二人だけとなり、僅かな緊張を覚えながら、先刻シャカが掛けていた岩の椅子にサガは腰を下ろし、シャカを誘った。
「シャカ、ここにお座り。わたしはね、おまえに怒っているだけじゃあない。わたし自身にも怒りを感じたわけだ」
すっと花の香りが漂うようにサガの真横にシャカが腰を下ろした。うっすらとした雲はあるけれども、心地よい青空は昔見たシャカの双眸を思い起こさせた。聖域に戻って来た時から、シャカは瞳を閉じていたなと今更ながら思う。きっと、修業という理由なのだろうが、とても残念にサガは思うのだ。
「どうして、きみが?」
尤もな答えが返された。シャカが聖域を去る時、『ついて行ってしまいそうで』という理由で見送りにも行かなかった冷たい人間が、今更何を言うのかとシャカに思われているのだろうとサガは思っていたわけだが、シャカはシャカで、シャカが好き勝手に修業をしたことで何故サガが、サガ自身に怒りを覚えるのかわからない―――と、微妙な誤解が生じていることにお互い気付かずにいた。
「―――誰にも教えを乞えなかったと言っていたが、もし、誰か聖域の者がおまえのそばにいたら、おまえはその者に教わったか?」
もしもあの時、シャカとともにインドへ向っていったら……。
シャカはきっと今とは違っていただろうか。そんな思いもあって思わずサガは尋ねた。シャカは私を必要としてくれただろうか、と。結果、サガは必要以上に真摯にシャカを見つめた。
「それはわからない。『たら』、『れば』、などという話は愚かだ」
ふいと顔を反らしたシャカに僅かに拒絶感を受けて、チリとサガは胸が痛んだのを自覚した。
「そうかもしれない。が、それでも考えてしまったよ。私がもし、あの時―――」
言っても仕方のないことを私はなぜ今更告げようとするのか……サガは浅ましさに自嘲する。
「あの時?」
問いかけるシャカに答えることはせず、無理やり話を終了させた。私は卑怯だな、とサガは自己嫌悪に陥るには十分な材料を抱え込んだ。