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オトナダケノモノ

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 今、何時だろうか……。

 うっすらと目を開けて部屋内がすっかり明るくなっていることに気付き、もう一度目を閉じる。
 よく眠れた。よく、ではなく「かなり」だ。教皇直伝の技も捨てたものではないなとぼんやりと起きがけにサガは思った。人によっては稀に夢遊病のような状態になるらしいとは聞いていたが、そんなこともなくグッスリ熟睡である。かといってあまり多用すれば効果は薄まるみたいなことも教皇は仰っていたな……と徐に左腕に感じるものを抱き寄せた。ほとんど無意識に、である。動きとともにふうわりと安らぎを与える優しい香りが立ち、鼻腔をくすぐる。

 うん、よしよし……

 ぽんぽんと当たり前のように手を動かして、スルリと指先を滑る心地よい感触を右手で確かめながら、ふと思う。よしよし……って……なんだ?
 恐る恐るサガは目を開けて確認した。

「・・・・・・い?・・・・・・・う・・・・うわあっ!!??」

 淡い金色の髪とつむじ。スウスウと静かに寝息を立てて、うっすらと微笑みながら気持ちよさげに眠っているのは昨夜散歩に出かけたはずのシャカ。
 何故ここで自分に纏わりつくように眠っているんだ!?というか、それ以前に……なぜ服を着ていないんだ!?……まさか、まさか……私は……稀にみられる夢遊病状態とかいうのにかかって、自制心を失くして私はシャカを――――!!
 と、サガは朝一の起きがけから、悲鳴を押し殺し、脳内フル回転をすることになった。
 とにもかくにもこの状態から抜け出さなければとサガは纏わりつくシャカの無防備に晒す細腕をそろりそろりと外し、ベッドから這い出ようとしたが。動揺のあまり、ふだんは犯さないような失態を演じる。

「うわっ!!」

 ドンとベッドから転がり落ちてしまい、早く立ち上がってとりあえず、冷静にならなければ!と焦れば焦るほど言うことをきかない身体。ほとんど腰が抜けているような状態である。こんなに情けなくテンパっているサガなどサガではないっと意味不明に自ら叱咤するほどの情けない有様。ああ、お願いだから、シャカよ、目覚めるな……!と念じるが、そんなサガの願いむなしく……シャカは目覚めたのだった。
 不思議そうにシャカが眺めて(閉眼しているが)から、徐に起き上がり、雪肌のように滑らかだろう上半身を晒した。スルリと掛布の隙間から伸びた足にもむろん服はない。思わず、本能的にきわどいラインにサガの視線は釘付けになる。それ以上は―――……!

「――!待て、動くな、シャカ!」

 ようやく呪縛が解けたように発したサガのことばにピクンとシャカは小さく震わすときちんとそのまま動きを止めた。ギリギリセーフだとサガは少しホッと胸を撫で下ろすが、状況はすこぶる不良であることには変わりはなくて、サガはただ蒼褪めるしかなかった。
 一体いつ、シャカをベッドの中に連れ込んだ(と信じて疑わない)のだろうかと何度も何度も考えるが、どう考えても記憶にはなくて。結局、気持ちを整理することもなく、救い難い状態のまま、サガはシャカと聖域に向かうこととなった。
 道中もずっとこのことばかり考えていたものだから、シャカとの会話はすっかりおざなりである。気付けば、聖域に着いていて、シャカを先に自宮へと向かわせる。そしてサガは少し頭を冷やさなければと闘技場を目指した。恐らくこの時間なら、アイオロスが朝練でもしているだろうと見込んでのことである。

「―――はよう、サガ……ってなんでそんなに朝っぱらから不景気な顔?」

 サガとは正反対に血色良く、爽やかMAXと言わんばかりに破顔を向けるアイオロスに思わず「友よ……」と倒れ込むように抱きついたが。すぐさま「うわっ」と突き飛ばすように離れる。最悪である。べっちょり汗まみれなのだ、朝っぱらからこの男は!

「なんだよ、自分からしがみついておいて、失敬だな。おまえ!」
「それはこっちの台詞だ、なんでこんなに汗まみれなんだっ!?」
「朝練していたからに決まっているだろう?おまえは莫迦か?」
「―――それは確かにそうだな、うん」

 私が悪かったと謝るがアイオロスは微妙に不機嫌な顔のままではあったが、とりあえず座ろうぜとタオルや水筒を置いてある石段に向かった。

「んで?シャカは?」
「自宮に戻るように伝えたから、きっと処女宮に向かったはずだ」
「なら問題ないじゃないか。なのに、なんでそんなにおまえは悲壮なツラしているんだよ」

 ゴクゴクと喉を鳴らしながら、水分を補給したアイオロスはがしゃがしゃと汗を大雑把に拭き取ると、頭にタオルを乗っけて隙間からサガを覗くように見た。サガは少し思案する。記憶が定かではないことをアイオロスにいうべきかどうかと今更ながら悩むのだ。

「いや……ちょっと不確かなことだから。確かめてハッキリしたらおまえに相談する」

 ふうっと深呼吸して無理やり取り繕うような笑みを浮かべた。「あ、そう」とさして感慨もなくアイオロスは答えて、「じゃあ、教皇宮に顔出しに行こうか」と提案する。
「そうだな」と異を唱える必要もないサガはアイオロスとともに教皇宮へと向かうことにした。



作品名:オトナダケノモノ 作家名:千珠